最初の日 ~part1~
何気ない日常の風景です。
「真ー!早く起きなさい!」
母さんの声が聞こえ、目を開ける。
カーテンから差し込む光が眩しい。
久しぶりに夢を見た。悲しくて、辛くて、どうしょうもない夢だった…気がする。
「ふぁー。えっ、まだ5時だし…」
あくびをし、小学生の頃から使い続けている黒の目覚まし時計に目をやると、5時10分を指していた。
俺は高校生だが部活はしていないので朝練はないし、電車で通学するわけでもない。
高校までは歩いて30分で行ける距離にある。だからこんなに早起きしなくてもいいわけだ。
しかも、先週まで普通に7時起きだったのだ。
時計が壊れたのか?
そう思い、携帯を開くがディスプレイに映った時刻は時計と同じ、5時10分。
「母さん、俺の時計まだ5時なんだけど!?」
階段を下りながら母さんに文句を言うと、返事をかえしたのは玄関にいた人物ー。
「…もう8時だよ?」
幼なじみで真正面の家に住む少女…神彩 咲月が呆れ顔で立っていた。
朝が弱い咲月が俺を迎えに来ている…!
「は、8時!?」
「真、何言ってるの!?早くしなさい!咲月ちゃんずっと待ってるのよ!」
母さんは怒りモードだ。これは帰ってきてから説教が待ってるパターンに違いないなんて思いながら、「はい、はい」と適当に返事をする。
「真、遅れたらアイスね?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべた咲月に、俺はドキッとした。
「あぁー。うん」
なんとも言えない返事をして部屋に戻り、制服に着替える。もう1度目覚まし時計を見ると5時10分を指していた。やはり見間違えではないらしいが、さっき見た時間から動いていない。壊れてしまったのだろう。せっかく愛用していたのに。
携帯は後で確認するとして、今日ある授業の教科書をカバンに詰め、下に降りて母さんの作った弁当を受け取った、と同時にお腹を殴られた。
思ってたよりも強め…しかもみぞおち。
笑顔の母さん恐るべし。
「ごめん、今何時?」
お腹をさすりながら靴を履き、咲月の方へ目を向ける。
「8時25分…って、遅刻!」
腕時計を見て思ったより時間が過ぎていた。俺と咲月は顔を合わせ、「行ってきます」と「お邪魔しました」を同時に言いながら駆け出した。
咲月からいつもと同じ、甘い香りがした。
8時45分までに学校の門を通過しなければならない。頑張って走れば間に合うが、信号で止まってしまえばアウト…遅刻決定だ。
「咲月…はぁ、本当に、申しわけない!」
「い、いいから…!」
運動嫌いの咲月がこんなに一生懸命走る姿は結構レアだなぁと考えながら咲月の横を走った。
「はぁ…はぁ…し、死ぬ…」
「ゲホゲホッ…つ、疲れた…」
なんとか30秒前にたどり着き遅刻は免れたが朝から体力を相当削られてしまった。
もうすぐ夏に入ろうとしている季節、全力で走るのは無理がある。
咲月に関しては咳が止まらないみたいだ。
「ゆっくり、息しろ…」
まだうまく喋れないが、あまりにもひどい咳を繰り返していた咲月の背中をさすって落ち着かせる。
ふぅーと深呼吸をしながらゲホッと咳き込むが、いくらか収まってはいるようだ。
「大丈夫…ありがとう」
咲月は汗を拭って一息つくと笑った。
俺たちは靴箱までゆっくと歩き、上履きに履き替えた。
「今回は悪かった…!アイス奢るよ」
「ううん、真の不注意じゃないんでしょう?聞いてたら時計の時間がずれてたみたいだし…」
少し戸惑ったように申し出を断った咲月だったが、納得がいかない。確かに時間がずれていたのは俺の不注意じゃないかもしれない。だがいつでも、例えば寝る前でも気づけたことだ。
「俺の不注意だ、本当にごめん!」
頭を下げた俺に、咲月は一度考えてから
「じゃあ、チョコアイスが食べたい」
と言った。
「わかっ「私はストロベリーね!」
背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはもう1人の幼なじみであり、咲月の家の隣に住む千﨑 茉莉沙が満面の笑みで咲月にくっついていた。
「マリ、おはよう」
咲月は小さい子にするようにマリの頭をなでた。
「いや、マリにはないから!」
即拒否した俺を無視して咲月と話し始めたマリ。
「教室にいないから迎えに来た。咲月も大変だったね…!先生が来る前に教室行こっ!」
「ありがとう。そうだね、早く教室行かないと遅刻扱いになるし…真も行こう」
マリは咲月の手を引き、階段を上り始めていた。もちろん俺は無視されたままだ。
「あ、あぁ。行く、けど…」
マリには奢らない。
口には出さずにそう心に決め、咲月とマリを追いかけた。
チャイムが鳴り、担任の牧先生が挨拶を始める。
「早く席つけよー」
牧 涼介先生は俺たち3人親と同級生で友人だ。そのせいで何かと不便な思いをさせられていたりする。
「えーっと、今日一限目は国語のテストだそうだ…まぁ、頑張れ」
えぇー!?というブーイングの嵐がクラスを包み、普段よりも一段とうるさい。
でも、これは知らせてない牧先生に問題がある。
「あーうるさい!忘れてたんだよ、週明けにテストがあることを!本当にすまん、頑張ってくれ!以上!解散!」
そう言うとすぐ逃げたした。
またほかの先生に告げられて怒られるのだ。
「涼兄も懲りないね…なんで教師やってるんだろ…?」
マリの呟きは後ろの席に座る、咲月に向けられた。
「うーん。知らないけど…学校では牧先生だよ?」
向けられた質問の答えは誰も知らず、結局わからずじまいだ。たぶん、マリも確かな答えを望んではいなかったのだろうと思う。
牧先生の呼び方について注意を受けたマリは、ウッと言葉を詰まらせるが、これは3人の中ではよくあることだ。誰も、あまりに気しない。
「マリ、そんなことよりテストは大丈夫なのか?」
俺が口にした言葉にピクッと反応したマリだが、こちらを向こうとしない。俺の隣に座る咲月が視線を向け、やめておけと言っているが…朝から無視された仕返しだ。
「マリのことだから部活は中止になるんじゃないのか?または大会出場取り消し…とか?」
ニヤリと笑ってやると、怒りで肩を震わせて悔しそうにこちらを向いた。
マリは勉強が苦手で、テストではよく赤点に近い点を取る。マリの1番の弱みだと言ってもいいだろう。
まぁ、運動系じゃ勝ち目はないから危ないけど。
「だ、大丈夫。基礎問題なんでしょ?」
「うん。でも、3教科あるけど?」
確かに基礎問題だが、国語、数学、英語と3教科のテストがある。
「う、嘘!?無理だよ!咲月〜助けて!」
国語だけど思っていたのだろう。咲月に助けを求めたが、困ったなぁといったような顔をして咲月はマリの頭を撫でてやるだけだった。
「今から勉強しようか?3人ですれば大丈夫だよ…たぶん、ね?」
「うぅ…勉強する、教えて!!」
バンッと机を叩き、咲月に迫るマリは真剣そのもの。あの調子がずっと続けばいいんだけど…。
「じゃあ、まずはマリの苦手な英語から!はい、教科書だして」
楽しそうな咲月に、渋々取り掛かるマリ。
俺はそんな彼女たちの様子を横から見ていた。
そうして始まったギリギリの勉強会は…たぶん何の成果も得られずに終わった。
勉強嫌いのマリが真剣にするはずがない。