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忠吾の馬  作者: あずき犬
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4 馬が原

 忠吾の提示した作戦は、命をかけた陽動であった。

 馬小屋に残った老馬や負傷した馬で城から討って出る。陽動隊は敵部隊に横腹を見せながら、大川沿いにひたすら逃げていく。

 向かう場所は、鷹の原。


 この作戦で最も重要な事は『白雲』の扱いである。


 単なる騎馬侍の捨て身の攻撃などに歴戦の敵部隊はひっかからないだろう。

 『白雲』は、『黒雷』とともに御本家をはじめ、周辺国まで名馬として、そして殿乗の駿馬として知られている。


 その『白雲』が部隊に混ざっていれば。



 屋敷の倉庫から古くなった馬具を集め、馬小屋に向かう。

 それぞれが各自の馬具を背負い、無言で石畳を歩いていく。


「オレはまだ死にたくない」


 馬役の一人が足を止めてぽつりと言う。

 みなが足を止めて彼を見る。その男は荷物を背負ったままうつむき、両手を握りしめていた。


「正乃介、みんなそうだ。死ぬつもりはない」


 誰かが言う。正乃介は、一番後を歩く忠吾に詰め寄る。


「貴様が、貴様がこんな馬鹿な事言いださなければ」


 肩を押さえる誰かの手を払い退けた正乃介は、背中の荷物を放り投げ、忠吾の顔に殴り掛かった。


 正乃介の拳を受けた忠吾は微動たり動かない。

 左右の拳で忠吾を殴り付けていた正乃介は、わなわなとその場に崩れ落ち、膝をついた。


「オラは馬鹿だからよく分からねが」


 鼻や口から血を流した忠吾が、地面に崩れ泣いている正乃介にさとすように言う。


「もともとお侍がはじめた戦じゃ。お侍が死んで当然じゃ」


 正乃介は泣き腫らした顔を忠吾に向けた。


「でも、町の人はもちろんじゃが、馬達は死んじゃいけねえ」


「ならどうしてこんな事を」


 彼の問いに忠吾が答える。


「死ににいくつもりはねえ。ただ鷹の原で馬と遊びに行くだけじゃ」


 正乃介は自分の顔を腕で拭き、立ち上がる。


「嫌になれば、馬に乗ってどこへでも行けばいい」


 忠吾の言葉を背中で受けながら、正乃介は地面に散らばる馬具を集め背負う。



     *



 馬小屋に到着すると、馬役達は一斉に馬具を取り付け始める。

 馬具の取り扱いには慣れているはずの彼等だが、やたらと興奮する馬達は作業は難航した。


 ただ、『白雲』だけは、静かに忠吾に馬具を付けてもらっていた。


「そうか、もうみんなには言ってくれたんじゃの」


 馬具を装着し終わった『白雲』の鼻頭を撫でる忠吾。



 鷹の原で、思う存分走りまわろうぞ。



 『白雲』に跨がった忠吾が小屋を進んでいく。


 小屋に差し込む赤み掛かった細い光が立ち上がる埃の筋を作る。

 馬具を取り付ける馬役達は、一際大きなその体、光を反射する白い斑点、そして、背筋を伸ばし、前だけを見据える忠吾に目を奪われた。

 口から泡を飛ばして興奮していた馬達も、落ち着きを取り戻したように静かになる。



 小屋の外に集結した六騎の陽動騎馬隊は、『白雲』を先頭に、悠々と城内を進む。



 しばらく進むと、中門が見えてきた。ここを抜ければ、屋敷前の広場である。

 中門の前の侍が深く頭を垂れて、重い木の扉を開いていく。



 ――静寂を打ち破るような歓声が上がった。


 広場に集まった城下の人々が、二手にわかれ、花道を作ってくれていた。


「がんばれ!」


「生きて帰ってこい!」


 人々は、歩を進める忠吾達に声援を送り続ける。中には、地面にひざまついて手をあわせる老人も見える。

 住民の誘導にあたった侍が深々と頭を下げていた。作戦についてみなに説明していたのだろう。


 花道を抜けると、城の大門の前に着いた。

 門の前の侍がゆっくりと扉を開けてゆく。


 徐々に広がる、城下の風景。

 人々の声援に応えるように、前足を高々と蹴り上げた『白雲』のいななきが城内に響き渡る。



     *



 大門を抜けると、緩やかな坂を下る。

 上級侍の屋敷の間を通り抜けると、堀があり、橋を渡る。


 みなと酒を飲み交わした、居酒屋の小屋。

 初めての登城の前、婆さんと羽織りをしつらえた呉服屋。

 道場に通いながら、仲間達と喧嘩した路上。

 町一番の器量持ちと噂の娘を見に、みなで足を運んだ長屋。

 死んだ母親を載せた台車を引く婆さんと泣きながら歩いた道。

 勇ましく出陣する父を見送った道。


 思い出に満ち溢れた町。


 命を捧げてもなんら惜しくない。


 焦げ臭い臭いが漂い始める。そろそろ戦場に入るのだろう。感傷に浸っている時ではない。


 忠吾は、鞭を握った手を高々と天に掲げる。作戦開始の合図である。



     *



 今回の作戦を実行するにあたり、部隊の速度について忠吾はずっと悩んでいた。

 『白雲』はもとより、老馬達は、それなりの速度で走る事ができるだろう。しかし、部隊の三分の一は負傷した馬である。

 また、あまり早く行動し、『白雲』の存在が敵に分からなければ意味がない。

 『白雲』を中央に据え、一団となり駆ける部隊は、味方の武士達の死体を超えていく。


 町の外れを知らせる粗末な門を抜け、堀に掛かった橋を渡ると、一気に視界が開ける。

 城下町の外に広がる田園地帯である。


 襲撃の為に、たんぼは無残に掘り返えされ、竹矢来が築かれていたが、それらは破壊され、致命傷を受けた侍や、騎馬が無残に横たわっていた。

 我が軍は、すでに全滅していたのだろう。

 見渡す限りのたんぼに、黒い塊が点在している。


 その向こう、真新しい竹矢来の先にうごめく部隊が見えた。敵の最前線だろう。


 敵襲来の合図である笛や太鼓が鳴り響いている。

 

 忠吾は再び、片手を掲げる。

 一団は鼻先の向きを変え、敵部隊に平行して駆けていく。

 敵部隊最前線はあの悪魔の武器の部隊であった。

 城から見ていた忠吾は、その武器の弱点を見抜いていた。


 準備に時間がかかり、連続した使い方は出来ない。


 速力を落とし、悠々と敵部隊の目の前を駆けていく。

 『白雲』の優雅な姿を、せいぜいよく見るがいい。


 目の前に大川の堤が見えてきた。ここから向きを北に変えて鷹の原に向かう。


「忠吾! 来たぞ!」


 『白雲』の左後方を追随していた馬役が叫ぶ。見ると、敵の前衛部隊が左右に別れ、竹矢来を移動させていた。その向こうから、馬のひずめの音が響く。


 

「全速力!」


 忠吾の叫び声に合わせて、陽動部隊は密集隊形をとり、速度を上げていく。


 堤に駆け上がり、かえり見ると、敵陣営から、黒い塊のように騎馬隊がこちらに向かっていた。

 充実した装備、鍛え上げられた騎馬。斥候の主力部隊であろう。

 

 そりゃ、慌てて飛び出す。なにせ、彼等は今まで陣の背後で戦を見ていただけだろうから。将の首をとり名を上げるなら今しかない。


 前を向いた忠吾は、鞭を振る。



 敵部隊との速力の差は明らかだった。堤を走る陽動部隊との差はみるみる縮まっていく。


「忠吾、しっかり逃げ切れ!」


 背後から声がする。見ると、最後尾を走っていた馬役が、徐々に下がっていく。

 もともと足を怪我した馬であった。


 馬上の彼は腰に差していた太刀を引き抜くと、馬の鼻を押し寄せる壁のごとくに迫る敵に向けた。


 手綱を握る忠吾は、顔を伏せて祈ることしか出来なかった。



     *



 堤は城下町を迂回するように田園地帯を抜け、一面の菜の花畑の中を通る。

 陽動部隊は一騎、また一騎と脱落していき、残りは『白雲』を含め三騎になっていた。

 忠吾の背後を走る馬がまた下がり始める。


 年老いたその馬は、これまでいくつもの戦場を駆け抜けてきた歴戦の騎馬であった。

 口から泡を飛ばし、何とか『白雲』に追いつこうとするが、無情にもその距離が開いていく。


「どうした! それでも誉れ高き鷹原の馬か!」


 馬上の馬役が、鞭を入れながら叫ぶ。


 声が少しずつ離れていった。


 歯を食いしばり、唇を噛む忠吾の耳に何かが爆発する音が聞こえた。

 慌てて振り向くと、遅れた馬が血飛沫を巻き上げながら、堤に咲く菜の花の中に転がり落ちていった。

 敵部隊を見ると、先頭の騎馬が、細い堤の様な物をこちらに向けていた。あの悪魔の武器であった。


 馬上でも使えるのか。


 細い堤の上ならば、取り囲まれることはないだろうと選んだ道だったが。


 背後を睨む忠吾の視線に、馬上の正乃介が入る。


「鷹の原はもうすぐぞ!」 

 

 『白雲』の直後にとりついた正乃介は激しく鞭を振りながら叫ぶ。


「忠吾! 見ろ!」


 正乃介が、御城の方向に顎をしゃくる。

 見ると、一筋の真っ白い煙が夕日を受けて立ち上っていた。


 城からみなが出た合図。


「オレ達、やったんだな! みんなを守れたんだな!」 


 叫ぶ正乃介に忠吾が頷く。

 満足そうに笑う正乃介の背後から、またあの爆発音が聞こえた。

 正乃介の戦鎧が弾け飛ぶ。悪魔の手に押されるように、彼は馬の首に倒れ込んだ。


 忠吾は前を向くと、『白雲』に鞭を入れる。

 速度を上げ、鷹が原に向かう上り坂を風のように駆け上がる。



     *



 鷹の原。


 夕日を受けた草原が風にそよいでいた。


 なつかしい鷹狩りの光景が蘇る。


 馬上の殿様。

 他の馬を置き去りにして草原を駆ける『白雲』の姿。


「よくがんばったな」


 忠吾は『白雲』の速度を落としていく。


 『白雲』から飛び降りた忠吾は、馬具を外し、草原に放り投げた。


「お前は、野に帰れ」


 忠吾は馬具を外した『白雲』の湯気を立てる腹を撫でて言う。


「ほら、行け!」


 叫びながら、『白雲』の臀部を押す忠吾。

 『白雲』は口を震わすのみ。その身はびくとも動かない。


「頼むから行ってくれ。殿様から頼まれたんだ」


 草原の向こうに敵騎馬隊の姿が見えていた。


「頼む」


 忠吾は『白雲』の鼻頭に顔を埋めて言う。


「そうか」


 彼は顔を上げ、『白雲』の真ん丸の黒目を見た。


「オレと同じ気持ちなんだな」


 『白雲』は低くいななくと、敵部隊の方に向きを変えた。


「死にたくてウズウズする」


 逃げる訳にはいかなかった。『白雲』がいなければ、奴らは山狩りをするだろう。

 

 お前は、すべて分かってたんだな。


 『白雲』の腹に手を付けた忠吾は、背筋を伸ばし、迫る敵部隊を見る。



     *



 降り続いた雨が上がった。


 二日間、山の中で過ごした人々は、草を掻き分けて、山を下る。


 数万を超える大軍団は、鷹原の御城と城下町を焼き払うと、北の街道に消えていった。


 蹂躙された町は瓦礫の山になり、御城は石垣のみを残して灰になっていた。


 誰かれともなく、みなが鷹の原に向かっていた。


 途中、雨に濡れた菜の花の中に沈む騎馬に手を合わし、坂道を昇っていく。


 草原の中に、あの白い斑点が見えた。

 駆け寄ったみなは、輪を作る。


 雨に洗い流された血の中で倒れる忠吾を抱く様に草原に横たわる『白雲』。



 遠くで雷が鳴る。見上げると、黒雲が風で流され、後から、真っ白な雲が空に広がる。その隙間から、太陽の光がまるで筋のように差し込んでいた。



 ―― それ以来、誰彼ともなくその草原を『馬が原』と呼んだそうな。



     *



 話終えた老女は、目を開き、梢の向こうに広がる景色を見た。


「悲しい物語ですね」


 腫れた目を擦りながら言った言葉に、老女は、皺だらけの目を細める。"笑った"ように見えた。


「命より大切な、守るべき物を守り通したんじゃ」


 老女はまた無表情で景色を眺める。


 あっ。


 震える手でカメラを老女の顔に向けて、シャッターを切った。


「命より大切な物を見つける事が出来ないあんたらの方がかわいそうじゃ」

 老女はそう言うと、「よっこらしょ」と立ち上がる。


「命より大切な物を守れなかったワシらもかわいそうじゃがの」


 景色を見ながら老女は、休憩所から去っていった。


 

 ダンプカーにクラクションを鳴らされながら、開発が進む美しヶ丘を見、もう一度、城跡に登った。


 小さな石碑があった。


 雨風に削られ、苔むし、もう容易に判読出来ない文字が刻まれている。


「『黒雷』……『白雲』…………『馬遊ぶ』」


 なんとか読み取れたのはそれだけだった。

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