ストレス発散
家に帰り、部屋に入るとアン子が俺のベッドでファッション誌を読んでいた。
俺は上着を脱ぎ、きちんとハンガーにかけ、持ち帰った学校指定の鞄から
宿題の数学のプリントを出し、解き始めた。
机のすぐ横のベッドからリズムよくパタパタと足を動かす音がする。
俺は気にせず問題を解く、数学は苦手ではないので
今日ならったところの復習程度なら問題なく解ける。
さっさと終わらせよう。今日はやりたいゲームがあるのだ。
「♪~~ ♪~~・・・」
アン子が鼻歌を歌い始めた。
関係ない、さっさと、宿題を、終わらせよう・・・
「♪ーー! ♪ーーー!!!」
ペンをプリントの上に置き、顔をベッドの方に向け
「なにその物騒な歌」
思わず聞いてしまった。
「最近女の子に人気のアニメのOP曲よ」
アン子はこちらを向きもせずに答える、足もまだパタパタと動いている。
「え、それ女の子向けのアニメの曲なの?」
とてもそうは聞こえなかったが、地獄がどうとか・・・
「違うわ、女の子に人気のアニメよ」
「どう違うかわからんわ」
「あら、カズ。だからあなたはモテないのよ」
気にはしてないことでもハッキリと言われると勘にさわる。
だが、言い返さずに耐える。
ここで言い返したところで倍返し、いや5倍以上になって返ってくるうえに
コイツを楽しませるだけだ。
「あら、あらあら。言い返してこないの? カズのくせになまいきね」
ファッション誌はそのままに、顔だけはこちらを向き言ってくる。
ああ、しまった。俺はミスに気づき顔をしかめる。
「なあにその顔。そんなに気にした? ごめんなさい。
ごめんなさいね、本当のことを言ってしまって」
やっぱり。
コイツは・・・ アン子は、ただストレスの発散をする為に
俺が帰ってくるのを俺の部屋で待っていたのだ。
そして、俺がつい反応してしまうよう行動した。
それに気づいた俺は
「ああ・・・、うん。ごめんなさい」
と本能的に謝っていた。そしてアン子の気がすむのを祈る。
が、残念ながらその祈りは叶わない。わかってはいたが。
「いいのよ、カズがモテなくても私は困らないもの。
ただ、幼馴染の一人としては残念に思うだけよ」
そういうとアン子は身体を起こし、ベッドのふちに腰掛ける。
さきほどのファッション誌は枕の上に置かれている。
「セイは顔も頭もいいし、ジュン子は私の妹ながら
すごく気がきくし顔もいいわ。ダイゾウもあの見た目に反して
優しいし力持ち、男としては意外とポイントが高そうね」
指を折りながら順番に幼馴染の名前を出していく。
たしかにみんなモテそうだ。ってかダイゾウと俺以外はモテる。
今、目の前に居るアン子もだ。
中学の時、仲間うちで学校の美人というような話題になると
絶対にアン子の名前が挙がった。
アン子は学校では無口でみんな本性を知らなかったのだ。
「そして、私ももちろんモテるわ」
アン子ははっきりと言い切る。
「ああ、かわいそうなカズト。みんな恋人ができて
私たち幼馴染に恋愛の相談や自慢をしたりするの
それにあなたは苦笑いするだけ。
私たちが次々に結婚して、みんなで集まる時も
嫁や夫を連れてくるのに、あなただけは一人で出席するの。
そのうちみんな、子供もできるわ。子供どうし遊ばせて、
私たちはみんな自分の子供自慢をするの。
それにもあなたは笑うだけ・・・。
だって独り身だもの」
そういって目を伏せる、口は笑っている。とても楽しそうだ。
「頭がよくなくて、顔もどうということがなくて、これといって
得意なこともなく。夢中になれる趣味もない・・・
残念ね、失望したわ。
期待すらしてないのに失望しっぱなしよ。
今度からあなたの名前には”絶望”ってルビを振ってあげても
いいくらいよ。カズト・・・、頑張って生きてね」
そこまで一気に言い切ってから息継ぎをする。
「けど大丈夫よ、カズト。私たちがあなたの面倒はみるわ
いままで十数年間も一緒にいたんだもの、あと数十年一緒にいたって
同じよ。あ、やっぱり数十年は長いわ。頑張って一人で生きてちょうだい」
そういって晴れやかな笑顔で小首をかしげる。
客観的にみて本当に美人だと思う。
だが、その口から出る毒が全てを台無しにしている。
「ふうー・・・」
アン子がゆっくりと息を吐き出す。
どうやら言い終えたらしい。
「じゃあ、私は帰るわ」
アン子はそう言うと、ファッション誌を手に取り立ち上がる。
「おう」
俺は手と声でそれに答える。
「あ、そういえば」
アン子がドアに手をかけたところで声をかける。
「今日は何かあったのか?」
数秒の沈黙の後
「ただのストレス発散よ」
そういうとアン子は部屋から出て行った。
むしゃくしゃしたのでやった。後悔は少ししている。