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メンフクロウ  作者: 機里
3/3

メンフクロウ


 僕は現実に戻った。

いや、それは違う。夢から覚めただけだ。どうして目が覚めてしまったのかは、すぐに分かった。

 強烈な木枯らしが、窓を叩くように揺らしていた。何度も何度も揺らしていた。僕をこれ以上寝かさないように。

 窓の外を覗くと、夕暮れの終わりが近づいていた。

 後数時間もすれば、後呂くんのお葬式が始まる。僕は、彼のお葬式に行かなくちゃならないと思った。彼がどんな人だったか知らない。だからこそ、どんな人だったかを知りたかった。その第一歩が、彼の死を認めることだって言うのは不思議なことだけど、今の僕には、そうするのが正解な気がした。












 僕は自分の部屋を出て、母さんがいるだろう台所へ行った。母さんは、ちょうど夕食の準備をしていた。夕食の匂いを嗅いで、僕は自分が朝から何も食べていなかったことを思い出した。

 ちょうど揚がったばかりの唐揚げがあったので、僕は一つ拝借した。口に入れると、少し火傷したけれど、肉の味が体に染み渡る気がした。


「母さん。僕、お葬式に行ってくる」


 母さんは、手癖の悪い僕を叱ろうと顔を強ばらせたままで、止まった。その様子が少し可笑しかった。


「塾の子ね」


 母さんのところにも連絡は行っていたようで、話が早くて助かったと思った。

僕は頷く。


「お金貸して欲しいんだ」

「わかった。すぐに包むから、あんたは顔洗ったり支度してきなさい」


 母さんは真剣な顔つきになって、ばたばたと動き始めた。火を消し忘れていたので、僕は鍋の火を消しておいた。

 洗面台の前に移動して、顔を洗う。すっきりした気分に少しだけなれた。寝間着から制服に着替える。喪服なんてものは持っていないから、これでいい。

 準備はそれだけだった。その頃には母さんもお金を包んでくれていて、それを手渡しながら、お葬式の作法についていろいろと言っていたが、正直そんなこと聞いていなかった。なんとなく雰囲気に合わせればいいと思う。

 母さんは、


「行ってきます」


 と言う僕の手に、ラップで包んだおにぎりを一つ手渡した。

 僕は心の中で感謝した。母さんのことを、初めて親なんだと思った。僕だったらこんな風に気を利かすことはできない。いつも見ていてくれていたんだと、そんな風に思えた。

 玄関を出て外に出た。外は、もう真っ暗になっていた。急がないとお葬式に間に合わない。僕は小走りで、駅まで駆けた。

 お葬式の会場は、隣町の中学で行われると、昨日塾で誰かから聞いた。その中学校には、自転車で一度だけ前を通ったことがある。方向音痴ではないし、たどり着く自信があった。

 自転車で行きたいところだったけれど、自転車置き場が空いているかどうか不安だったから、僕は電車を乗り継いでいくことにした。

 中学校の最寄り駅は、僕の家の最寄り駅から三駅先。降りるとすぐ側に商店街があって、そこを抜けて行くと中学校が見えてくるはずだ。

 商店街はほとんど閉まっていたけれど、人通りは少しばかり残っていた。珍しい商店街を抜けながら、後呂くんのお葬式がどんなものだろうと、そればかり考えていた。

 今までお葬式に行ったことはあっても、誰かの家で行われるものしか知らなかった。学校でお葬式が行われることがあるなんて、初耳だった。

 それは、どういうことなのだろうと僕は考える。彼が、学校という規模の大きさの敷地を使わなければいけないほどに、人望があったのか、それとも、彼が慣れ親しんだ大切な場所で、終わりを迎えさせてあげたいという意向なのか。そんな答えのでない疑問を僕は何度も反芻しながら、うる覚えの道を歩いて行った。












 この路地を曲がれば、中学校が見えてくるはず、と僕は思いながら進む。

しかし、中学校は見つからなかった。

 どこかで道を間違えたんだろう。昼と夜とで道が大きく異なって見えた。夜になって暗くなると、ほとんどのものは見えなくなる。目印が格段に減ってしまう。増えるものと言えば、星くらいだ。

 僕はどこで間違えたのかを考えながら、視線を空に移した。街灯のほとんどない住宅街は、星を見るのにいい暗さだった。視界が狭くなってしまっていることを除けば。

 僕の好きなオリオン座があった。季節ごとにいろいろな星座を僕は知っているけれど、やっぱり空を見たとき、ずっと見られるものがあるのは、どこか落ち着く。

 だけど、オリオン座の右肩にあるベテルギウスは、今はもうないらしい。この星座は、存在しないもの。なんて虚ろな存在なんだろうと僕は思う。何万光年も前、ベテルギウスが発した光が、ベテルギウスの生きた証が、こうやって何万年も生き残る。それは、なんていうか、人間で言うならノーベル賞を取ったとか、ベストセラーを書いたとか、高名な画家になったとか、そういうのと同じような気がする。 自分が死んでからも、自分が生きた証を、どこかで発し続けることができる。

 オリオン座が好きな理由は、このベテルギウスに、僕が憧れているからなのかもしれない。こんな風になりたいと思っていたのかもしれない。

 でも、今はそうは思わない。僕は僕でしかいられないことを知ってしまった。何の取り柄もない僕でしかいられない。生きられない。だったら僕は、ベテルギウスのようには、決してなることはできない。

 首が痛くなってきて、僕は視線を戻す。

 急がないといけない。お葬式に間に合わない。なぜ行かなくちゃいけないかわからないけれど、行かなくちゃ。

 だけど僕は、歩進めることができなかった。

 目の前が見知らぬ町並みに変わってしまっていた。











 僕が今まで居たのは、ごく変哲もない住宅街だった。こんな和風建築が立ち並ぶところじゃない。僕はあまりのことに、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。 ここはどこなんだろう。


「お葬式に行かなければならないのに」


 と僕は呟いた。

 その声はすっと消える。焦りが、僕を覆う。もしかすると、星を見ながら僕は、歩いて行ってしまっていたのかもしれない。それならもと来た道を戻れば、さっきの場所に出るだろう。

 振り返る。そこはやはり知らない道。

 ふと気づいた。この道には、街灯のかわりに、ちょうちんがぶら下がっていた。

 ますます時代錯誤な景色に、僕はどうしていいかわからなくなる。

 道そのものも、コンクリートではなく砂地になっている。隣町にこんなところがあったら、何かしら話題になっていたりしないものだろうかと思った。

 考えていても時間が無くなる。僕はあれこれ考える前に歩くことにする。その前に、時間を確認しようと携帯を取り出した。電源が切れていた。

 昨日帰ってきてすぐに眠ってしまったから、携帯を充電するのを忘れていたことに、今更になって気がついた。

 舌打ちをする。自分のダメさ加減に嫌気が差す。いや、自分が嫌いだなんて今更か。

 歩いて行けども、オリオン座を見上げた場所にすら、たどり着きそうになかった。時代がかった道がずっと続いている。

 僕は、僕以外の人の気配がないことに気づいた。遠くから聞こえるはずの車の音も、どこかの民家で誰かが話す声も、夕飯の匂いもしない。どの和風建築も、よく見ると入り口にあたる場所が見あたらない。この場所は、人が住むように作られていない。

 僕は夢を思い出した。誰もいない、僕以外が存在していないデパートの夢。あの感覚だった。誰もいないのに、誰かに使われたがっている物が陳列されている。

もしかすると、僕はまた夢を見ているのかもしれない。電車を乗り過ごして、そのまま寝ているのかもしれない。不安を隠すために、そう思うことにした。




 ほぉう、ほぉう。




 鳴き声がした。僕は、不気味なその鳴き声に、反射的に身を竦めた。




 ほぉう、ほぉう。




 鳴き声は一定間隔で続く。僕は、怯えながら、その鳴き声の元を探す。

すると、右前方の瓦屋根に、鳥らしき影があった。その鳥は、後ろを向いているようで、僕から顔を見ることはできなかった。縦長の楕円系のように見えるその形は、なんていう鳥だっただろう。鳥だとわかり、僕は少し安堵した。

 鳥だとしても、僕以外に生き物がいることで、僕は安心できた。普段なら、鳥なんて見向きもしないのに。




 ほぉう、ほぉう。




 また鳴き声が聞こえた。僕はその鳥が身じろぎするのを感じた。

 首が回った。僕を見ようとしている。そう思った。

 首はぐるぐると回る。

 ぐるぐる回る。


「え?」


 僕は、間抜けな声を上げる。

 鳥の首は二週半ほどして、僕に視線を合わせた。

 首はねじれ、螺旋を描いている。それがなぜか、理科で習った二重螺旋を思わせた。

 顔がない。そう思った。

 顔に穴が空いているように凹みがあった。辛うじて、僕はそれがフクロウだと思った。耳のような毛のない、あの―――。


 そう―――。


 ―――メンフクロウ。


 でも、フクロウではあり得ない。いくらフクロウでも、あんなに首は回らない。




 ほぉう、ほぉう。




 ぞくりと体中に寒気が走る。

 全身鳥肌が立っている。

 ぶるりと震え続けている。

 それを見咎めたのか、フクロウらしいものは、のそりと動いた。

 悲鳴を上げそうになったが、声が出なかった。

 フクロウは足を動かして、こちらを向こうと回り始めた。首はぐるぐる逆に回り、元の形に戻っていく。

 普通のフクロウに見える。ただ、相変わらず顔は窪んでいて虚ろな闇があった。

 翼が震えた。

 ゆっくりと、見せつけるようにその翼が広がる。

 フクロウの体の三倍はあるだろう翼が、姿を見せた。

 フクロウは、その巨大過ぎる翼を羽ばたかせ、のっそりと飛び上がった。

 僕は襲われると思った。

 しかし、フクロウは僕が進んでいた進行方向に飛び立って行った。

 首がまた捻れ、見えない顔は僕を見ながら。




 ―――着いてこい。




 と言われている気がした。

 僕は畏れを抱きながら、同時に親近感を得ていた。あれだけの存在感がありながら、誰もいない場所で独りでいたフクロウ。そして、フクロウには顔が無かった。

いるのか、いないのか、あんなに曖昧なものを見たのは初めてだった。

 僕は存在していいのか、存在している必要がないのか。曖昧だった。

 僕はフクロウを追って歩き出す。




 ほぉう、ほぉう。




 それに応えるように、フクロウは鳴いた。途端、道は様相を変えた。

 今まで、どこにも入り口らしいものが見えなかったのに、何軒かの家に玄関ができ、そこから明かりが漏れた。




 ほぉう、ほぉう。




 その玄関の一つに、フクロウは止まった。

 入れ、ということだろうか。

 僕は誘われるままに、一つ目の玄関に近寄った。かなり近づいたのに、相変わらずフクロウは顔がなかった。





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