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学校帰りのファミレス。向かいに座る真千は、生クリームたっぷりのパンケーキにするか、和栗のパフェにするかで迷っている。
「来月も和栗のパフェあるかなぁ。今の気分は絶対パンケーキなんだけど。」
「来月もきっとあるよ。好きな方食べなよ。」
毎月一回のファミレスは真千とわたしの恒例になっている。真千は毎回メニューを決めるのに時間がかかって、わたしは窓の外を眺めて待つ。店内にいるからわからないはずなのに、金木犀の香りがして、わたしはやっぱりスイートポテトにしようと思う。パンケーキではなくて、スイートポテトのアイス添え。
「やっぱりパンケーキにする。来月もあることを祈って。」
「よし。じゃあ、注文するよ。」
今回も注文までが長かったけど、目をつむりながら両手を合わせてお祈りのポーズをする真千は無邪気でかわいい。
テーブルの隅にあるベルを押した。
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目覚まし時計の音で目が覚めた。白いレースのカーテンを開けて窓を開くと、朝の空気が澄んでいる。窓から手を伸ばすと、庭にある木の葉に届く。深呼吸をすると体の中の一部が新しい自分になるような気がする。
夢の中のわたしはいつも喋ることができる。
もう1年以上自分の声を聞いていない。1年と5カ月だ。夢の中では自然に喋っているけれど、目が覚めると、自分がどんな声だったか思いだすこともできない。
声が出なくなって1年と5カ月――
お父さんが死んでから1年と5カ月だ。
階段を降りると必ずコタツが尻尾を振りながらやってくる。ゆらゆらと力なく、けれどいつも同じリズムで振られる尻尾。
コタツはゴールデンレトリバーの女の子だ。コタツって変な名前。わたしもそう思う。お父さんが決めた名前なのだ。
クリーム色の柔らかな毛が優しい。ゴールデンレトリバーだから体が大きくて、わたしがしゃがむとちょうどコタツと同じ目線になる。
わたしはコタツに抱きつく。抱きついているけれど、抱っこしてもらっているような気持ちになる。赤ちゃんがお母さんに抱かれて安心する気持ちと似ていると思う。
コタツはいつも太陽のにおいがする。
おはよう。
おはよう!おはよう!おはよう!
コタツの焦げ茶色の鼻に鼻の先をつけると、冷たく濡れている。