序章・第2話『我が骨生、未来への帰路に就く・壱』
骨格標本「骨格標本の一本釣りぃ!!」
人体模型「くだらん!」
「そう言えばリティさんって結構強いんですね!」
そう瞳をキラキラさせながら顔をずずいーっ、と近付けてくる蒼髪少女。
「あー…まぁ、あン時ゃ色々あってな」
暑苦しい…ていうか…何だか女ってのは良く解らん。
自分で言うのもあれだが、まさか生前の姿になれるとは思いもよらなかった。
絶壁だったのは幸いで、生前の見立てなら…世間一般の人は男装していても誰も俺が女だとは思いもしないだろう。
行商隊の荷馬車に乗せて貰えたのは幸いと言うべきか…。
そう感じながら、俺――リティ・クレア=トリード――が向かうべき街、セルバーンへ馬車は街道を進んで行くのであった。
●●●
――一時間前。
「あれ、人?」
茂みの奥から現われたのは、今の姿の俺と殆ど変らない、幼さの残る蒼髪の美少女だった。
だが、少女が現れた事よりも俺は驚きを隠せなかったのは、彼女の蒼い瞳にくっきり映す俺の姿だった。
美少女、と言うよりも(童顔の)美男子と思われる中性的、且つ整った濃紺色の髪。
髪を無造作に、一本に纏めて結い上げたポニーテールが凛々しさを強調しているというか…「なんつー酷いモテ顔だ!」と一瞬叫びたくなってしまったではないか。
――見美少年に見えなくも無い美少女顔……こりゃ前途多難だな。
「それにこの状況」
辺りを見回して見ると、予想していた以上に辺りの木々の幹や枝やら何やらが(しかも樹齢が高そうな)バッキバキに捻じ切れていたり、そうで無くても葉っぱが全部吹き飛んで枯れ木みたいになってしまったり…特に酷いのは地面で、俺の周りの土が抉れているのだ…勿論悪い意味で。
何時もなら咄嗟に思い付く筈の言い訳が今は思い付かない。
マズい、非常にマズい。
そして、宜しくない。
「…………」
「…………」
嫌な汗がぶわっと出てくる、流れてくる。
もうね、素数や羊を数えている暇なんて無いに等しい位に。
ほら、彼女、余りの悲惨さに…。
「……す…」
「凄いです!!」
「……はい?」
●●●
と言う事で、良く解らない内に彼女に拉致られ、今現在、彼女がギルドとやらの依頼で護衛している行商隊の馬車小屋の中に居る。
因みに、さっきから目をらんらんと輝かせているボーイッシュな少女の名前は『ジャンナ=リュエルエーラ』と言うらしい。
…何時か舌、噛みそうだ。
言い訳としてひとつ、“修行中だった”。
そしたら、さ?
彼女だけじゃなくって、彼女以外のギルド隊員も詰め寄って来た。
皆、女。
だもんだから喧しい。
姦しい、と言った方がいいのか。
あんまりにも煩かったもんだから、「それ以上は死亡フラグだ」と吐き捨てて馬車小屋の屋根へと逃げた。
胡坐を掻いて、周りを見回す事にする。
…はぁ、盗賊の事と言い、今回の事と言い…何か運命が御膳立てしている様で気味が悪い。
ついでに言うならば、後味の悪さも。
――あ。
「へい、ジャリガールとその他大勢? ちっと良いか?」
そうそう、俺は死ぬ以前の最後に記憶している年齢は三十五である。
あ、解り易く説明すると“ちょっといいおじ様”的年齢。
おば様?
間違っちゃいないが…俺的にはおじ様で勘弁して欲しい所だな、はっはっは。
俺は屋根の上から小屋の中を除く。
「ほぇ?」
ジャン…今まで居眠りしてたのかい。
ま、それは置いといて。
「取敢えず、お前等に言いたい事がある」
全く、眠い目を擦りやがって…萌え殺す気か?
しかも涎…。
「何だ?」
褐色のグラマラスなねーちゃんが真剣な顔付きで聞き返してくる。
「お前等と合う前だが…盗賊団らしき組織をフルボッコにしてシバき倒して来た」
『…は!?』
ジャン以外の一同全員が、目を剥いて、俺を凝視してきた。
「…ほぇ?」
ジャン、そこは空気読めよな?
●●●
「――――と言う事なんだが…」
「そうか、そりゃ災難だったな」
軽鎧を着た冒険者風の隊員が一瞬考え込む様に難しい顔をしたが、直ぐに肩を叩いて労いの声を掛けてくれた。
多分二十の中から後半の辺り――俺よりもちょっと年下かな? やっとルーキーからベテランに変わって来ている感じの――かな?
勿論、俺がスケルトンという魔物種と言う事を抜かして。
「後、目ぼしい情報と言ったら…“伯爵”と呼ばれた豚野郎と、どっかから攫われただろう女共だな」
「何処か?」
「数人…同じ服装だったな」
「同じ?」
「身なりにしては何処か小奇麗だったし、魔封の枷を着けられていたから、多少なりとも魔法を心得てる“少女”だったと思う」
うち一人、クーデレちゃんは光属性の恩恵を多大に受けていたと思われる。
『聖』とまではいかないが、光の本質を知らなかったが故に俺は助かったとも考えるべきであろう。
「だとしたら…『学園』の生徒? い、色は? 特徴は!?」
「赤を基調として茶色と、紺色のアンティーク?… レトロ調? まぁ良いや、そんな感じだった。 エンブレムらしき物は…確か、緑色で剣と杖が交差している――――」
「『バラック魔法学園』だと!?」
いや、ちょっと、顔近い近い!
「…いや、済まない」
というかそこの若い貴女、さっきからそのたわわに実った果実が暴れて目のやり場に困るって。
とういうか俺はむっつりじゃない、そう、紳士だ!
更に突っ込めば変態でもない!
紳士という名の変態でもなければ変態という名の紳士でもない!
まごう事なき、全うな紳士だ(一応女だが)!
「…兎に角、ギルドに着いたらもう一度証言を頼む」
「できる限りの範囲でなら幾らでも」
「有難う。自己紹介が遅れたが私はクリスティア=アルテミス」
「月の守護者の一族、か。 俺はリティ・クレア=トリードだ。宜しく頼む」
「此方こそ。しかし、我が一族の事を知っているとは光栄だな」
まぁ、そりゃあ勿論。
「『断罪の正義』アポロン家と、『慈愛の正義』アルテミス家は忘れちゃいけない名家だしな」
無論、あの一族には俺も生前、支えて貰った記憶がある。
それに同年代の幼馴染がいたからこちらも色々とお世話になってたりする。
「それにしても~、盗賊相手に無双とか、余程の腕があるんですね~」
一応、『戦女神流・天剣術』の目録持ちだからな、おっとりちゃんよ?
しっかし、何なんだ?
此処にいる女達全員(俺は控えめだが)巨乳とか…何かの陰謀じゃないのか…?
それにしてもギルドか…ちょっと楽しみだな。
俺の時代はそんな組合組織なんて無かったし、仮にあったって国同士の連合軍だけ。
冒険者、市民のための組織なんて全く無かった。
それにこの時代の世界を知らない。
――――どうせなら骨生を謳歌したい、どんな結果になるかなんて解らないから楽しまなきゃ損だ。
俺の知らない世界を見てみたい。
色んな人達と繋がってみたい。
「さぁ、俺の骨生は始まったばかりだ!」なんて期待を膨らませてみる。
だから、思いもよらなかった。
まさかとんでもない事を成し遂げちまうだなんて……。
●●●
翌日“ファルナ”の町に着いた俺達。
おっとりちゃん、以下数名はそのまま次の町までの様で此処で別れた。
ジャンとクリスは俺と共にギルドへと歩みを進めていた。
にしても変わったなぁ…。
俺の知ってる“ファルナ”は田舎・オブ・ド田舎の村だったんだが…。
時代の流れと言うヤツか。
ちらりとクリスを見てみる。
蒼と金のコントラストが妙な具合に調和した軽鎧といかにもキャリアウーマンらしい、凛々しい顔立ちが幻想的雰囲気を醸し出している。
冒険者というよりは『騎士』という言葉が似合う。
一方のジャンは…そこら辺にいる町娘が格好つけて皮鎧とブロードソードを身につけているといった感じなんだよな。
一般人の心臓に毛が生えた様な、そんな雰囲気だ。
きっと真っ先に嘗められるに違いない。
そんなこんなで彼女等の第一印象を評価している間にギルドに到着した。
『撰定の剱 ファルナ支部』
……随分と、まぁ、悪趣味なギルドネームだ…とはいえ、用が無い訳じゃ無いので今は我慢して入るしかない。
室内に入ると、予想した通りの光景が待ち構えていた。
要するに…。
「酒臭っ!?」
案の定というか、何と言うか…。
ガタイが良い癖に酒に溺れてるおっさん達が騒いでる訳だ。
酒飲む暇があるなら雑務しろ。
俺達はギルド受付に向かう。
男性が受付人とは、こりゃ珍しいな。
普通こういうのは女性が受け持つんじゃないのか?
…いや、偏り過ぎか?
イケメンなのが、腹立たしい。
この狐が!
「…こんにちわ、『撰定の剱』 ファルナ支部にようこそ。本日はどういったご用件でございますか?」
「『神棲の山』支部のクリスティア=アルテミスだ。マーティン商会の商隊のアッシリア~ファルナ間の護衛の依頼を完遂したので報告に来た」
「右に同じく、ジャンナ=リュエルエーラです」
「それでしたらギルドカードの提示をお願いします」
二人とも腰に着けたポーチから緑色のカードらしき物を取り出してイケメンに渡す。
「それでは確認しますね」
「ああ」
此処までは良し。
で、問題は此処からだが…。
「おい、そこの姉ちゃん達よぉ、ちょっくらこっちに酒持って注いでくれや!」
来た。
てっきり帰り際に起こると思ってたんだが、このタイミングできやがったか。
「…はい、確認が取れました。 確かに『神棲の山』支部Sランクのクリスティア=アルテミス様と、同じくAランクのジャンナ=リュエルエーラ様と確認しました。 それでは、お二人には依頼の達成報酬の千二百銀が入金されます」
「おい、聞ぃてんのかぁ!!」
「有難う。で、もう二つ程用件があるのだが…」
「とっとと酒持って来いと言ってんだろぉが、この女ぁ!」
おっさんズが怒鳴った直後、風の切る音が俺の耳元を通り過ぎて、真後ろに居たおっさんの持つ空の酒瓶に、音も立てずにとすん、と奇麗に突き刺さった。
…ほんっと、下手に動かなくて良かった…………。
おっさん達も何が起こったのか解らずにあんぐりと口を開けたまま黙ったまま。
「五月蠅ぇで御座いますよ? 黙って酔い潰れてやがれこの屑野郎、です」
イケメンが…イケメンが…。
何なんだこのギャップは…。
「ふう、これだから無駄に年を食った木偶の坊は始末に困ります…それで、要件とは」
「ああ、彼女を登録したい」
「…リティ・クレア=トリードだ…です」
「おっと、それはそれは…此処まで遠路遥々足を運んで下さり有難うございます。 先程は失礼しました、それではこの羊皮紙にご記入ください」
目の前に出された羊皮紙にペンを走らせ、それを提出する。
「…はい、では次に魔力の測定と属性の査定をします」
王道的に乳白色の水晶と、遂になる漆黒の水晶が目の前に提示される。
「先ずは魔力測定ですので此方の乳白色の水晶に魔力を流して下さい」
そう言われて俺は魔力を流す。
割ったりしたらマズそうなので、ほんのちろっと流す。
「…………」
「…………」
「…………」
「……おかしいですね…?」
「もう一度流してみてください」
今度は少し強めに流して見る――――が……。
「変、ですね?」
「でもリティさんからぞくぞく、って感じするから絶対力持ってると思うんだけど」
そうなんだよなぁ?
試しに光を掌に集めてもう一度水晶に触れてみる――――けれども反応無し。
「…困りましたねぇ」
「――生命力に満ち溢れているたぁ、珍しいな」
背後から知らない声が響いて来た。
●●●
「――成程? つまり嬢ちゃんからは“力“を感じるのに魔力反応が見られない、そう言う訳か」
「ええ、まぁその様な感じです」
僅かな無精髭のおっさん――さっきのガラの悪いおっさん達とは違う――は手を顎に充てて考える素振りを見せると、奥の方に消えて数分して戻って来た…何やら変な物を持って。
「ん、じゃこいつに触れてみろ」
9という形をした翡翠色の珠。
「ああ、力は流さなくて良い。 指先でほんのちょびっと触るだけで良いんだ」
ものは試しだ。
そう思って右手の人差指でちょん、と軽く触れる。
「…こいつぁ、見付けもんだな。 いや、掘り出しもんか」
特に反応が無いのだが…。
「“霊力”に“氣力”ときたか…。 ま、通りで魔水晶に反応しなくて当然だな」
「マスター? どういう事です?」
「氣力に関しては、努力どうこうで誰にでも会得できる…が、此処から先は例えお前でも話せないのでな。 取敢えずお前等、別件とやらの話を聞いてくれると助かるのだが…済まんな、ウェルニ」
「解りました。マスターが仰るのでしたら我々はブリーフィングルームで彼女等の報告を続行させて貰います」
「ん、じゃ、そういうこった。俺達はのんびりマスタールームに向かうぞ?」
そこで俺とマスターと呼ばれるおっさんと共にギルドの奥に消えていく。
また何かありましたら削除&修正していきます。