good-bye
タタン、タタン。
タタン、タタン。
夕陽の射し込む電車の中で、私は戸惑っていた。
アイツがいる。
隣りの車両。
もう半年も前のこと。
喧嘩別れに終わってしまった‥‥私の恋人だったひと。
タタン、タタン。
タタン、タタン。
小窓から、何度も何度も盗み見る。
相変わらずギターを背負って、相変わらず制服はタクシードライバーみたいだった。
ふと気が付いて鞄に目を遣る。
私とお揃いだったクマのマスコットは、もうそこにはいなかった。
当たり前じゃない、と自分を馬鹿馬鹿しく思う。
タタン、タタン。
タタン、タタン。
私たちはいつも、前から2番目の車両に乗った。
それが一番改札に近いと知っていたから。
だから今日もそうしようとした。
発車間際、2両目に駆け乗ろうとした‥‥その時。
見つけてしまったんだ。
あの猫背な背中。
タタン、タタン。
タタン、タタン。
喧嘩別れだったけれど、さよならはキチンと済ませていた。
まだ肌寒さの残る、春の初め。
朝、同じく電車に乗っていると、アイツの方から声を掛けられた。
「おはよう」
泣きたくなった。
それはあの頃、アイツと付き合っていた頃の自分が、一番聞きたかった言葉だったから。
一番して欲しいことだったから。
ただ向こうから、「おはよう」と言ってもらう。
それだけのことがあの頃、あんなにも難しかった。
何も言えなかった。
何も言われなかった。
ただ穏やかな沈黙だけがその場に相応しかった。
‥いや、ひとつだけ。
彼は言った。
「彼女が出来たんだ」
彼の降りる駅で彼が降り、雑踏の一部になっていくのをぼんやりと見ていた。
さよなら。
さよなら。
言葉にして言われなくても、判ってしまう「さよなら」だった。
タタン、タタン。
タタン、タタン。
不意に、小窓からアイツが消えた。
見ると駅のホームに降り立っている。
私の降りたことのない駅で降りて、私の乗ったことのない電車に、慣れた様子で乗り換える。
そんな彼が、寂しかった。
タタン、タタン。
タタン、タタン。
言いたいことなら幾らでもあった。
訊きたいことも。
だけど
「さよなら」はもう済んでいたから、もう話しかけてはいけないような
そんな気がした。
さよなら。
さよなら。
彼の骨張った手先を思い出した。
買ってもらった指輪を思い出した。
水族館で見たジンベイザメを思い出した。
沢山の思い出と、夕陽の射し込む電車に揺られながら、睡魔が訪れてくれるのを待った。
さよなら、愛しいひと。
どうか誰かと今度こそ、
この夕陽みたいに綺麗な別れを。
end.
初投稿です。内容の無い小説でスミマセン。最後のモノローグだけがポンと浮かんで、それに併せて書いてみた駄作。読んで下さって有り難う御座いました。