日曜日、相瀬隣佳ちゃん Ⅰ
清々しい日曜日の朝。馨は窓に切り取られた青空見て、ふと彼女の顔を思い出した。彼女の目も青い色をしていた。
時刻は午前8時30分。ベッドから降りて制服に着替える。学校に泊まった彼女に会いに行くために。僕は自分でもどうしてこんなに執着してしまうのかわからない。けど、人をひきつけるような不思議なオーラがあるのかもしれない。
リビングのソファには大型犬のミロクがでんと陣取っていた。馨の気配に気づき、尻尾を大きく振りながらはしゃいでこっちに近づいて来た。
「おはよう、ミロク。今日はやけに元気だな。おすわり!おて!」
じゃれあっていると、後ろの方から声が聞こえた。
「もう!朝からうるさい」
双子の姉の優里が機嫌悪そうに言った。
馨と優里の両親は2年前不慮の事故で亡くなったから、今は2人と1匹暮らし。
「ごめん。ミロクがなんか嬉しそうで。今日学校行ってくるから」
「ふーん。忘れ物でもしたの」
「ちょっとね」
そう言って馨は軽い食事を済ませ、マフラー、Pコートを羽織って通学カバンを片手に学校へ向かった。
学校のグランドには野球部、サッカー部、テニス部、陸上部などが、日曜日だというのに活発に活動している。
グランドの横を通り抜け職員玄関から保健室へと向かった。
「失礼します。昨日の彼女、様子はどうですか」
「あ、おはよう。その子なら今朝目覚めたわ」
彼女が使っているベッドから手招きされた。
「ねえ斎宮君。彼女について話があるの。ちょっといいかしら?」
彼女について話?僕はたまたま出会った彼女を助け、ここに連れて来ただけなんだけど……
「この子、斎宮君の親戚?」
「いえ、違います」
「そう。。。」
先生は難しい表情を見せた。
「どうしたんですか」
「彼女、相瀬隣佳ちゃんっていうらしいんだけど、わたし、学校で一度も見かけたことがないの」
確かにそうだ。銀の髪してるから目立たないはずが無い。
「それにね、50年近く前の校章を付けているのよ。名簿にも載ってないし、制服も今のものと少し違う」
今の制服は薄くチェック柄が入ったのスカートだが、隣佳がはいているスカートはチェック柄が入っていない。
「隣佳は、隣佳さんはーー」
口を開こうとしたその時、隣佳がベッドから遠慮がちに顔を出した。
「あの、昨日は助けてくれてありがとう。私は相瀬隣佳。あなたの名前は?」
「僕は斎宮馨。よろしく」
その姿はすっかり元気になっていて、昨日熱を出して倒れたとは誰も思いもしないだろう。
「とにかく元気になったみたいだし、お家に帰りなさい。親には私から電話しておくから。番号教えてちょうだい?」
「…電話……番号」
隣佳は聞こえないくらい小さな声で呟いた。しばらく無言が続き、その表情と隣佳を取り巻く動揺した雰囲気は一瞬に消えて、
「あっ、そうだ!昨日教室に忘れ物したんだった。取りに行ってから帰りますね」
そそくさと荷物を抱えた。
「おわっ!」
なぜか馨の腕を引っ張って保健室を出て行った。廊下を小走りにかけてゆく。
「ちょ、ちょっと!」
背中に、湊の声を申し訳なさそうに聞きながら、だが振り向くことなく隣佳について行った。
少し行ったところで、手に持ち替えた。
彼女はーーー。彼女の掌は氷のように冷たかった。まるで雪を素手で掴んでいるみたいな感覚だった。
向かっている先は教室ではなく、理科室とか、家庭科室とか特別教室がある棟だ。突き当たりまできたら今度はどんどん上へ階段を上がってゆく。何がしたいんだろうか。
「なあ、教室そっちじゃないよ」
「えっ!…あ、そ、そうでした」
踵を返して逆の方向へ進む。この学校は迷路見たいなつくりをしていて、おまけに広い。学生の僕でも多少迷ったりするのだが、隣佳は多少、どころか完全に迷っている。
「ねえ、本当は隣佳はここの生徒じゃないでしょ?」
「いえいえ、ちゃんと鷺野成の生徒です」
「どこのクラス?どの辺に住んでるの?」
「それはさっ…」
「さ?」
しばらくの沈黙。
「……ない……憶えてません」
嘘で言ってるようには聞こえない。もしかして記憶の一部がなくなってるとか。
「本当に何も憶えてないのか?」
「………はい。私の記憶は名前と、 秋が来ない って事だけです」
「秋が来ない?どうゆうこと?」
「私にもわかりません。だけど、その言葉は痛むように頭をよぎるんです」
これは困った。多少厄介ごとに巻き込まれるような気がしてきた。手を引っ張られた時から薄々感じていたが、記憶喪失は多少どころの騒ぎではない。
「そうか。それは不安だろうな」
「お願いです、馨くん。私、秋を過ごしたことがないんです。すごく、怖い感じがします…」
過ごしたことがない?日本にいれば、春夏秋冬来るはずだ。うーん。
「隣佳はどうしたい?」
「秋が来ない理由が知りたい…」
それだけなら僕でもできるかもしれない。
「じゃあ僕も手伝うよ。理由を見つければいいんだろ?」
「ありがとうございます!あ、お礼とかじゃないけど、これ、よかったらあげます」
それは、控えめな雪の結晶の飾りがついたシンプルなブレスレットだった。おまけに高校生になって女の子から初めてのプレゼント(笑)
学校では禁止されているから、大事に胸ポケットにしまった。とりあえず馨のクラスの1年F組に、無意識に癖で足を運んだ。
この話は二部構成にする予定なんですが、一部の終わりがモヤンとしててすいませんm(_ _)m
キャラも軸がちょいちょいブレてます。これが、ハイネのクオリティでございます。
自己満足以下の作品ですが、何卒、最後までお付き合いくださいませ。