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胃薬令嬢とモテ男の副団長 ~放置されていると思っていたハイスペ婚約者が、実は私を一途に愛しすぎていた件~  作者: 恋せよ恋


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◇ パレス子爵家の侍女・ジェーン 『お嬢様の胃は私が守る』奮闘記

 はじめに言っておくが、私はパレス子爵家に仕える至って普通の侍女である。


 特別な武術が使えるわけでもなければ、裏社会に通じているわけでもない。

 ただ一つ誇れることといえば、我が主であるクラリッサお嬢様の『胃』を、今日までなんとか守り続けてきたという自負だけだ。


「ジェーン……今日のお茶会、リアム様も同席されるそうなの……」


 朝の支度中、手鏡を握りしめたお嬢様が、今にも世の終わりを迎えたような顔で青ざめていた。その手はかすかに震え、お腹をさすっている。


「お心お察しいたします、お嬢様。本日のドレスのベルトは、胃を圧迫しないよう指二本分ゆるめに仕立てておきました。それから、ハーブティーに混ぜる特製胃薬の準備も万全です」


「ありがとうジェーン……! あなただけが私の救いだわ……!」


 涙目で私の手を握るお嬢様。可愛い! 可憐すぎる!


 だからこそ、私は許せないのだ。この愛くるしいお嬢様の胃を日常的に痛め続けている、あの『歩く美形兵器』を。


 ◇


「やあ、クラリッサ。久しぶりだね」


 午後のテラス。そう言って姿を現したのは、第一騎士団副団長リアム様だ。


 眩しい。無駄に光り輝いている。

 金髪が太陽の光を反射して輝き、青い瞳からはダダ漏れのフェロモンが放出していた。


 同じ空間にいるだけでお嬢様に忠誠を誓っている侍女の私ですら眩暈がするのだから、直撃を受けているお嬢様のダメージは計り知れない。



「あ、あああ、ありがとうございます、リアム様……っ」

(ウッ!)


 ほら見たことか!

 お嬢様が笑顔を張り付けたまま、喉の奥から『ウッ』っという奇妙な音が漏れた。


 私は素早くお嬢様の背後に控え、一粒の胃薬をお嬢様の手の平に滑り込ませた。



「お嬢様、白湯でお口を潤してくださいませ」


(大丈夫です! 薬を飲んで落ち着いてください!)


「ありがとうジェーン……(ゴクン)」


 ナイス連携。だが、敵もさるものだ。



 リアム様は、お嬢様が胃の痛みに耐えて薬を飲んだことなど露知らず、爽やかな笑みを浮かべたままグイッと顔を近づけた。


「クラリッサ、頬に花の綿毛がついて……ああ、取れたよ。ふふ、可愛いな」



(ち、近ぁぁぁぁぁい!! 近いです副団長様!! 距離感バグってます!? うちのお嬢様の顔面限界値を考えてください!!)


 心の中で大声で叫ぶ私。


 お嬢様の顔は一瞬でリンゴのように真っ赤になり、目を見開いたまま固まった。


(絶対それ、わざわざ顔を近づける必要ありませんでしたよね!?)



「あ……う……(きゅ〜〜〜〜〜つ)」


(白目!? 白目剥きかけましたよお嬢様!? 持ちこたえて、踏みとどまって!!)



「失礼いたします。お嬢様、お召し物にハチミツの雫が……」


 私はすかさず二人の間に割り込み、シルクのハンカチを差し出して物理的にリアム様の視線を遮断した。


 副団長様が「チッ」とほんの微かに、だが確実に舌打ちをした音がしたが、知ったことか! 私はお嬢様の胃と正気を守る防波堤なのだ。


 ◇


 だが、このお屋敷で本当に恐ろしいのは……。


「あらジェーン。今日もクラリッサの胃薬の準備? ご苦労様」


 テラスの奥から優雅に現れたのは、メラニア奥様だ。



 『あらぁ、今日もリアム様はお美しいわねぇ』と、娘であるクラリッサお嬢様よりも少女らしさを感じさせる可憐な声で微笑んでいるが、私は知っている。


 さっき旦那様と裏で『オレリー公爵家の弱みを握ったからいつでも潰せるよ』だの『叔父様の愛人問題を暴露する』だの、笑顔で恐ろしい計画を企てていたのを。



「ジェーン。可愛い妹の胃を救うハーブティーの試作品だ。王宮の女官たちに売りつける前に、クラリッサに効き目を試してくれ」


 さらに反対側からは、ご嫡男のチャールズ様が笑顔で怪しい小瓶を手渡してくる。


 表向きは『妹思いの優しいお兄様』だが、その目は完全に『これ、いくらで売れるかな』という策略家の目だ。恐ろしい! このパレス家、お嬢様以外全員腹黒い怪物である。


(……お嬢様。あなたがこの怪物揃いの家で、純真無垢なまま育ってくださったことだけが私の救いです!)


 私は受け取った小瓶を懐に仕舞うと、そそくさとお嬢様の元へ戻った。



「ジェーン……私、やっぱりリアム様の隣にいると、胸が苦しくて胃が痛いの……都合の良い婚約者なのに、あんなに優しくされたら……」


 自室に戻り、ベッドに倒れ込みながら呟くお嬢様。



 ……はぁぁぁぁ。お嬢様、違いますよ。


 あの男、都合が良いどころか、あなたを逃がさないために裏で必死で執着しているだけです。過剰フェロモンも、全部お嬢様を落とすための攻撃です!



 教えてあげたい。喉まで出かかっている。


 だが、真実を言えばお嬢様の許容範囲は限界を突破し、胃どころか心臓が爆発してしまうだろう。


「……大丈夫でございますよ、お嬢様。私がついておりますからね」


 私は静かに胃に優しいハーブティーを差し出した。


(副団長様。お嬢様に惚れるのは勝手ですが、どうか……どうか胃薬の要らない加減で溺愛してくださいませ……!)


 侍女ジェーンの、クラリッサの胃を守る戦いは今日も続くのだった。


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