五、最終話
はじめに
スマートウォッチ、テレビ、スマホ——私たちの日常に溶け込んだデジタル機器たち。
もしもそれらが、怪異を招く「窓口」へと変わってしまったら……?
本作『僕は何を見たんだ?』(全五話)は、身近なテクノロジーが徐々に日常を侵食していく恐怖を描いたショートホラーです。
あなたの手元にあるその画面も、すでに「接続」されているかもしれません。
どうぞ、身の毛もよだつ物語をお楽しみください
五、テレビ画面の怪
僕は、スマートウォッチを外すこともできぬまま、逃げるようにオフィスを飛び出した。
自宅のマンションに駆け込み、鍵をかけてようやく荒い息を吐く。手首の警告表示は消えていたが、あの「皮膚の下の鼓動」の感覚が残っている気がして、体が震えた。
「落ち着け……ただの誤作動だ」
自分に言い聞かせ、気を紛らわせるためにリビングのソファへ倒れ込んだ。目の前には、65インチの大きな薄型テレビがある。もちろん、電源は落ちており、真っ黒な画面が部屋の風景を静かに映し出しているだけだ。
喉の渇きを覚えて立ち上がろうとした、その時だった。
カチッ。
静寂を切り裂いて、電子音が響いた。
リモコンには触れていない。それなのに、テレビの電源ランプが赤から緑へと切り替わった。
画面がうっすらと白く発光する。放送波のノイズではない。スマートTVの起動画面だ。
(なにかの誤作動だ……プラグを抜かないと)
立ち上がろうとしたが、足がすくんで動かない。
画面の中央に、見慣れた動画アプリのアイコン群が表示される。そして、操作もしていないのに、カーソルが勝手に動き始めた。
アプリが開く。画面が切り替わる。
そこに映し出されたのは、リアルタイムの映像だった。
見覚えのある部屋。見覚えのあるソファ。
——リビングの天井の角から、見下ろすようなアングル。
「これ……うちの部屋……?」
僕の自宅には、ネットワークカメラなど設置していない。それなのに、テレビ画面にはソファに座り込んで固まっている僕の後ろ姿が、はっきりと映し出されていた。
画面の中の「僕」は、怯えたようにテレビを見つめている。
だが、違和感があった。
映像の中の「僕」のすぐ後ろ。
ソファの背もたれの影から、ぬっと突き出た黒い手が、僕の肩に触れようとしている。
「ひっ……!」
悲鳴を上げて振り返った。
誰もいない。ただの誰もいないリビングだ。
慌てて視線をテレビに戻す。画面の中の「それ」は、ゆっくりと顔を上げ、カメラ……いや、テレビの前にいる僕を直接見つめていた。
顔はない。ただ、真っ黒な空洞がそこにあるだけだ。
テレビから、低くかすれた機械音声が流れた。
『接続が完了しました。』
『大画面での視聴を開始します。』
直後、リビングの照明がパッと消えた。
真っ暗になった部屋の中で、テレビの巨大な画面だけが、青白い光で僕を照らし続けている。
そして画面の中の「それ」が、テレビの枠を超えて、こちら側へと一歩を踏み出した。
【了】
全五話にわたる『僕は何を見たんだ?』、いかがでしたでしょうか。
最終話までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
身近なデジタルデバイスが、もし「怪異」の入り口になってしまったら……というテーマでお届けしました。
今、この記事を読み終えたあなたの画面。
電源を切ったとき、そこに映り込む「あなたの背景」には、何も映っていませんか?
それでは、また次の物語でお会いしましょう。ご愛読ありがとうございました!




