弁当
ソレイユローズと一緒に食堂に向かう。ソレイユローズは何か布で包んだものを持っている。
王立魔法学園の食堂は、シェフに料理を注文することもできるし、ビュッフェ形式で好きな料理を取ることもできる。平民のソレイユローズはこの食堂でどう振る舞うだろうか。
食堂のテーブルに横並びに着席すると、ソレイユローズは持っていた布包みを解いて箱のようなものを取り出した。
「ソレイユローズ、それは何ですの?」
「あ、これは私のお弁当です。食堂で食事できるとは思わなかったので、教会で作って持ってきました」
何て迂闊。ソレイユローズが自分で弁当を作って持ってきていることを想定しなかったとは。学園の食堂が利用できないからって、昼食抜きのわけがないだろうが。己の迂闊さに呆れる。それにしても、弁当を布で包むとは、平民の文化は興味深いな。
さておき、ソレイユローズには王立魔法学園の貴族向けの食事を食べてもらって、その作法の不備を叱責して心を折らなければならない。弁当など食べてもらっては困る。
「ソレイユローズ、そのお弁当、よろしければ私にくださらない?」
「えっ、私の、その、これ、平民のお弁当ですし、私の手作りの弁当をヴィラネッタ様に食べていただくなんて、畏れ多くて」
ソレイユローズは目を白黒させている。料理が下手なら下手で、私としては責める口実が増えて嬉しい限りだ。
結局、私が無理を押し通し、ソレイユローズの弁当は私が食べて、ソレイユローズはビュッフェで料理を取ってくることになった。同じ生徒同士、上も下もありませんと言っておきながら貴族の立場で押し通してしまったのは我ながらずるい。
平民のソレイユローズが欲張ってあれもこれもと皿に盛り上げてくることを想像していたが、そんなことはなく、サラダや肉、炭水化物を、少し多めではあるものの、バランスよく取ってきた。盛り付けも綺麗で、文句の付けどころが見つからない。
よろしい、ならば食べ方に苦言を呈するとしよう。
「それではいただきましょう」
私はソレイユローズの弁当をナイフとフォークでいただく。なるほど、弁当の中身も野菜と肉と炭水化物がバランスよく配されているようだ。球状の茶色いものは何だろうか。全体的にソースがかかっているようだけども。私はその球状の食べ物を口に運んだ。
肉だ。挽肉を球状にしたものだ。しかもこのソース、甘くてしょっぱくて、今までに味わったことのない味だ。
私が固まっていると、ソレイユローズが心配そうに声を掛けてきた。
「あの、やっぱりお口に合いませんでしたか。あとで私が食べますから、ヴィラネッタ様はどうぞ食堂の料理をお召し上がりください」
違う、何これ美味しい。いや、しかし、聖女の心を折るには、ここは美味しくないと言っておかなければならない。私は「貴族ことば」で心にもない感想を述べることにする。
「ずいぶん変わった味付けしてはりますなあ(ひどい味付けだなおい)」
するとソレイユローズは動揺を隠しきれない様子で答えた。
「はい、それは私の前世の、いえ、その、前に住んでいたところの、ミートボールという食べ物でして、醤油と砂糖で味付けしています」
醤油というのは調味料だろうか。聞いたことがないけど、聖女の馴染んだ味付けならば世間に広まったほうがいいだろう。どこで入手できるのか分からないけど、王家と教会で調べて、徐々に市井に広めていくように手配しよう。
ソレイユローズの弁当は、渦巻き状に焼いた卵など、見たことのない料理ばかりだが、どれも美味しい。平民の料理、侮れないな。
ソレイユローズの弁当があまりにも美味しく、おかげで危うく当初の目的を忘れるところだが、ソレイユローズの食事作法に文句を言ってやらなければ。
しかし、ソレイユローズは平民とは思えないほどナイフとフォークをうまく使いこなしている。貴族の基準からすれば荒い部分もあるが、想像していたよりかなりちゃんとしていて、及第点と言える。いや、ここは「貴族ことば」で理不尽に駄目と言わなければならない。
「ずいぶん綺麗に食べてはりますなあ(汚い食べ方だなお前)」
するとソレイユローズはさすがに堪えたのか、寂しげな表情になった。
「私の母が、あなたも社会人になるんだから、テーブルマナーくらいはちゃんとしておきなさいと教えてくれて。それがこちらの世界でも役に立つようで、嬉しく思っています」
ソレイユローズは母を亡くしている。社会人というのが何なのかは分からないが、良き母に恵まれたのだな。
ソレイユローズは皿の料理を食べ終えると立ち上がった。
「どうしました?」
「お替り行ってきます」
何ですって?
私が唖然としていると、ソレイユローズは先程と同じくらいの料理を取ってきた。これは言うだろう。言わなきゃ駄目だろう。
「ようけ食べはりますなあ(食い意地張ってるなお前)」
するとソレイユローズはにっこり笑って答えた。
「はい、亡き母に体作りだけはしっかりしておきなさいと言われて育ちましたので」
ソレイユローズの笑顔に、どこか寂しさを感じる。母を喪った悲しみは四年では癒えないのだろうな。
「良き母だったのだな」
ああっ、そんな素直な褒め言葉を言ってはいけない!!
と思ったが、私が言ったのではなく、いつの間にかソレイユローズの隣、つまり私から見てソレイユローズの向こう側に座っていたクリアストーン王子の台詞だった。
「王子、いつの間に?」
「お前がソレイユローズに夢中で私に気づかなかっただけだろう」
笑顔でそう言う王子に、私は返す言葉もない。王子は続けて言った。
「ソレイユローズの食事作法は、貴族の水準からすればまだまだな部分もあるが、この学園で研鑽を積めば、貴族社会でも恥をかくことはなくなるだろう」
ソレイユローズは耳まで真っ赤にしながら小声で答える。
「いえ、私なんて、とてもとても、でも、ありがとうございます」
私はソレイユローズにしか聞こえないくらいの声で「可愛らしいわあ(あざといなお前)」と呟いたのだった。




