入学の翌日から、王立魔法学園の授業が始まる。
魔法学園と謳うからには魔法学の授業もあるわけだが、魔法学以外の授業がないわけもなく、むしろほとんどの教育課程は一般教養だ。一般教養をきっちりこなした上で魔法学も習うわけだから、教育課程はかなり詰まっていると言える。
当面の授業は一般教養のみということで、肩透かしな気もする。一般教養を軽んじるつもりはないが、早く魔法について習いたいものだ。魔法自体は誰にでも使えるものだが、魔法防衛術、魔法物理学などを学問として体系的に学べる機会は多くないのだ。
それよりも問題は、この初日の授業に、ソレイユローズが遅刻しているということだ。いや、王室と教会からの情報で、ソレイユローズが遅刻することは授業が始まる前に知っていたわけだが。
ソレイユローズが身を寄せている教会は、王都から山を二つ越えた先の山腹にある。修道士が神と向かい合うために静寂な環境を求めたことと、山々には神が住まうとされる信仰によるのだが、今日はそれが災いした。昨夜のうちに山間部で降雨があり、崖崩れで山道が塞がれてしまったという。
ソレイユローズが乗っていた通学馬車は足止めを食らっただけで直接的な被害はないらしいが、前を走っていた通勤馬車は落石によって怪我人が出たらしい。
結局、ソレイユローズが登校してきたのは午前も半ば過ぎた授業中だった。
どうやら走ってきたらしいソレイユローズは、やや息を切らしている。足元を見ると、制服に指定されているハイヒールではなく、運動靴を履いている。教室に入り、教師に「遅れてすみません」と詫びたソレイユローズは、教室を見回し、私を見つけて駆け寄ってくると、私の隣に座った。
何でだよ。入口に近い席に座ればいいだろ。だがまあ、「貴族ことば」で非難する機会が得られたと前向きに考えよう。
「えらい遠回りしてきはったなあ(すごい遅刻だぞお前)」
彼女を乗せた通学馬車は崖崩れを迂回して来たのだろう。災害による遅刻を責められる理不尽はソレイユローズには堪えるはずだ。さて、彼女はどんな言い訳をするだろうか。
「いえ、授業中、お騒がせして申し訳ありません」
おや、言い訳しないのかい。いや、「遠回りしてきたな」と言われて「はい遠回りしてきました」とは言えないか。
私の隣で息を整えるソレイユローズに、私はさらに「貴族ことば」を投げつける。
「お荷物、軽くしてきはったんどすか?(忘れ物してるぞお前)」
ソレイユローズはきょとんとしたあと、自分が教科書もなにも持っていないことに気づいたようだ。
「はわわ、馬車に置いてきちゃった」
慌てて腰を浮かせかけたソレイユローズを制し、私は自分の教科書をソレイユローズのほうに寄せた。
「お待ちなさい。これ以上授業を騒がせてはなりません。今は私の教科書を見なさい」
通学馬車は学園が手配したものなので、下校時までは学園内で待機しているはずだから、教科書などは休み時間に取りに行けばよろしい。
聖女ともあろう者が、これ以上の騒ぎを起こして悪評を立ててはいけない。聖女を貶めつつ、聖女の評判を保つ。両方やってこそ悪役令嬢というものだ。
それはさておき、教会への山道が崖崩れで塞がれるというのは由々しき事態だな。王室に道路整備を要請しよう。この国のため、この世界のために悪役令嬢をやっているんだ。それくらいの要請は通るだろう。