王立魔法学園の新入生は、新入生歓迎式が終われば、午後は帰宅してよいことになっている。授業は明日からだ。
上級生は今日も通常通りに授業を受けているので、今日のうちにソレイユローズにさせておきたいことがある。この国の第一王子であるクリアストーン・ヴィヴァルディアとの出会いだ。
二学年上の王子がこの学園でどのように生活を送っているかは、王室からの情報で把握できている。昼休みになると、クリアストーン王子は幼馴染のエメラルド・ガーディスと共に中庭に出て、他の生徒には聞かれたくない話をする。話の内容はもちろん知らされてないが、王族には他人に聞かれたくない話がいくらでもあるのだろう。
さて、その時に聖女が悪役令嬢に泣かされている現場に遭遇すれば、王子はきっと聖女に同情するだろう。同情心はやがて恋心に育つかも知れない。
私はソレイユローズを中庭に連れ出した。
王立魔法学園の中庭には小さな生垣迷路がある。大人の背より高い生垣でできた迷路だ。生垣迷路はもちろん迷路として楽しむこともできるが、実際のところは手入れがどれだけ行き届いているかで貴族の財力を誇示する存在となっている。また、身を隠して誰かに聞かれたくない会話をするにももってこいだ。王立魔法学園の生垣迷路は、迷路として楽しむには程遠い小ささだが、身を隠すには十分すぎる大きさだ。
「あの、ヴィラネッタ様、どういったご用件でしょうか?」
ソレイユローズが、おずおずといった風に聞いてくる。彼女が私より頭ひとつ背が低いとは言え、上目遣いがちょっとあざとい。クリアストーン王子は透明で純粋な心を持っているけど、冷徹な一面も持ち合わせているから、媚びを売るような態度を王子は気に入らないかも知れない。ここは「貴族ことば」で釘を刺しておこう。
「可愛らしいわあ(あざといなお前)」
ソレイユローズが少し身を引いた。可愛らしく眉根を寄せつつ、頬を赤らめて、少し驚いているようだ。どうやら「貴族ことば」が通じているようなので、もう少し追撃しておこう。
ソレイユローズは平民にしては美しい少女ではあるが、貴族と比べると肌の手入れが行き届いていない。平民は化粧水や乳液を手に入れるのも難しいらしいから仕方のないことだが、仕方のないことを責められる理不尽は堪えるはずだ。
私はソレイユローズの細い顎に手を添え、彼女の顔を上げさせて言った。
「それにしても、綺麗な肌をしてはりますなあ(汚い肌をしてるなお前)」
私の言葉を聞いたソレイユローズは慌てて身を引くと、俯いてしまった。耳まで真っ赤になっているところからすると、よほど堪えたのだろう。ソレイユローズが俯いているのでよく見えないが、涙の雫が地面に落ちたのが見えた。
しかし、彼女は聖女として、いずれは王家の血を引く者と結ばれなければならない。全ての国民から祝福される立場なのだから、見た目にも気を使わなければならないだろう。
ソレイユローズが使っていないことを知っていながら、私は問うた。
「化粧水はちゃんと使っていますの?」
ソレイユローズは、もごもごと小声で言い訳を始めた。
「あの、こっちの世界では、いえ、その、平民には化粧品なども手に入れられなくて」
こっちの世界か。やはり貴族社会は、平民のソレイユローズにとって別の世界のようなものなんだろう。
ソレイユローズがこの王立魔法学園に入学するために、どれだけ学業に専念したかは教会からの情報で把握している。聖女の天恵を授かっていれば学園の授業に追いつけなくてもいいという話にはならない。彼女は聖女という重圧と戦いながら、努力に努力を重ねて今この場にいるのだ。化粧品まで手が回らなかったのは当然とも言えるだろう。
しかし、肌の手入れが行き届いていないという理由でソレイユローズが私以外の生徒から疎遠にされては私の計画に支障が生じる。どうにか彼女に基礎化粧品を届ける方法を考えなければ。
その時私は、背後に人が近づいてくる気配を感じていた。