亡母
私は王室や教会からソレイユローズの情報を得ているが、普段の会話では知らない風を装わなければならない。ソレイユローズが誰にも話したことのないことを私が知っていれば不信感はこの上ないだろう。何を聞いたことがあって、何を聞いたことがないか、それを常に把握しておくのは骨が折れるだろう。
ぶっちゃけ面倒なので、ソレイユローズとの雑談の中で、ソレイユローズの生い立ちなどを聞き出していくことにする。ソレイユローズについて知っていることが多くなれば、知らないはずのことを口走ってしまう危険性も下がるはずだ。
忘れてはいけないのは、雑談だけで終わらせるのではなく、ちゃんと「貴族ことば」で心を傷つけることだ。
教室に入った私とソレイユローズは、横並びに座った。教室は教壇を中心として、緩やかなカーブを描いた生徒用の長机が何段か連なっている。八十人の生徒を受け入れるには大きすぎるくらいの教室だ。このあと入学初日の説明がある予定だが、まだ時間があるということでしばし歓談の場となっている。生徒は貴族階級の近い者同士で会話に花を咲かせている。入学初日の段階で派閥ができつつあるようだ。
もちろん平民のソレイユローズには一緒に座る者もいないわけで、それを利用して私の隣に座るように促したわけだが。
「ソレイユローズの生まれはどちら?」
「デブリー村という小さな村です」
知ってる。デブリー村がジュエルストン王国の北端にある寂れた村で、降雨が乏しく農作には適さず、荒れた土地ゆえに生活も困窮気味だということも。しかし私はこの気の毒な生い立ちを「貴族ことば」で侮辱するのだ。
「えらい遠くから来はったなあ(とんだ田舎者だなお前)」
周囲の生徒が私の「貴族ことば」を聞いて一瞬反応をするが、さすがは貴族なので平静を保って気づかない風を装っている。
当のソレイユローズは、少しきょとんとしたあと、少しはにかんだ表情で答えた。
「はい、何もない村でして」
なるほど、田舎者のソレイユローズに田舎者と言ったところで、それほど堪えないか。田舎の寒村で母と二人暮らしをしていたソレイユローズの苦労を思うと目頭が熱くなる。普通なら故人の話は避けるところだが、ソレイユローズには悲しい気持ちを思い起こさせよう。
「お母様と二人暮らしだったと聞いていますけど」
ソレイユローズは伏し目がちになり、しばらく考えてから視線を上げて言った。
「はい。私には過ぎた母でした。私が聖女の天恵を授かっていることを知る前に亡くなってしまったのが心残りです」
自分からいろいろ話してくれて助かる。
ソレイユローズは、母を亡くしたあと教会に身を寄せ、そこで聖女の天恵を持っていると判明したことなど、私がすでに知っていることを教えてくれた。いろいろ話してくれるのはありがたいが、少し喋りすぎだな。この調子で私以外の悪人にまでソレイユローズの個人情報が漏れるのは避けたい。「貴族ことば」で注意しておこう。
「よう喋らはりますなあ(喋りすぎだぞお前)」
ソレイユローズは手を口に当てて少し驚いたような表情をしたが、すぐに喋り始めた。
「はい、亡き母の教えで、会話は人を幸せにするから、たくさん喋るようにしています」
そうか。亡き母の教えならしょうがないな。
私は目を閉じて上を向き、何もこぼれないようにした。




