目が覚めるとソレイユローズの姿がなかった。
村長宅の外で誰かが話している。ソレイユローズが誰かに何かの指示をしているように聞こえる。
着替えて外に出ると、ソレイユローズが二十人くらいの男女の村人を集めて何かしようとしているようだ。村人は全員長袖長ズボン姿だ。
「それでは皆さん、この革手袋を一枚ずつと、鋏をお持ちください」
ソレイユローズは村人に革手袋と鋏を配っている。
「おはようソレイユローズ、何をなさってるんですの?」
「あ、ヴィラネッタ様、おはようございます。村の皆さんに薔薇の収穫を手伝ってもらうところです」
ソレイユローズは亡き母の薔薇畑の薔薇を収穫することに決めたようだ。いや、昨日の祝宴で村人が「任せろ」と言っていたな。つまり昨夜のうちにソレイユローズは決断していたのか。
「私も手伝うわ」
私の申し出に、ソレイユローズは満面の笑みで答えた。
「ありがとうございます。ただ、ヴィラネッタ様の御召物ですと、薔薇の棘で痛んでしまう恐れがありますので、私の持って来た作業着に着替えていただいてもいいですか」
なるほど、さすがソレイユローズ、用意がいいな。
薔薇畑に移動し、薔薇の収穫を始める。
「それでは皆さん、利き手に鋏を持ってください。もう一方の手には革手袋をしてください」
ソレイユローズの説明を聞き、私は右手に鋏を持ち、左手に革手袋をする。革手袋はかなり厚手のものだ。
「本来は、輸送時間などを考慮して、少し蕾が開きかけたものを収穫するのですが、今回は蕾のものも開花したものも収穫します」
薔薇畑の手入れをしていたソレイユローズの亡き母は今は墓の下で安らかに眠っているから、今後の栽培は期待できない。かと言って、ソレイユローズの母が亡くなってから何年もこの村に根付かなかった薔薇栽培を今から根付かせるのも難しいだろう。となると、今ある薔薇は、無駄に枯れてしまうのを待つか、全て収穫してしまうしかないわけだ。
ソレイユローズが収穫方法を実演しながら説明する。
「革手袋をした手で花の下の茎を握って、鋏で株元から切ります。薔薇には棘があるので怪我には気をつけてください」
言われた通り、私もやってみる。薔薇の茎は思ったより固く、切るのに力がいるようだ。ぱちりという音と共に地面から離れた美しい薔薇は、何だか儚い存在に思えて、少し寂しいような気もした。
「収穫した薔薇は、花弁が傷つかないように収穫ネットの上に置いてください。十本くらいになったら収穫ネットで巻いて、別の場所で調整をします。調整はまずは私がやりますから、皆さんは収穫をお願いします」
ソレイユローズに言われ、私と村人は薔薇を収穫する。蕾のもの、やや開いた蕾のもの、開花したものを分けて収穫ネットに包む。
薔薇畑の半分ほどの収穫が済んだところで、ソレイユローズに声を掛けられた。
「すみません、ヴィラネッタ様と、あと十人くらい、調整に回っていただけますか」
調整というのは、収穫した薔薇を整える作業らしい。
「右手で薔薇の茎の真ん中あたりを持って、革手袋をした左手で、茎の根本十五センチメートルくらいの葉と棘を取り除いてください」
ソレイユローズは言いながら、革手袋をした左手で茎の根本を強く握り、葉と棘をこそぎ落とす。なかなか豪快だな。
調整の終わった薔薇は、水を入れた花器に挿していく。
しばらく調整をしていると、収穫をしていた村人十人が、収穫が終わったと伝えに来た。
「それでは皆さんには出荷作業をしていただきます」
まだ終わりじゃないのか。せっかくなので私もその出荷作業をさせてもらうことにする。
「調整の終わった薔薇を、同じ長さのもの同士でまとめます。同じ長さの薔薇を十本まとめたら、根本を紐で縛ってください。そして、最後に茎の長さを切り揃えます。茎は斜めに切って水を吸いやすくしてください。終わったら水を入れた花器に戻してあげてください」
なるほど。ここまでやって、ようやく花屋に向けて出荷できるということだな。
収穫、調整、出荷の作業を終えるまでに、半日ほどかかった。
「皆さん、お疲れ様でした。収穫した薔薇は各地の花屋に卸して、約束した通り、収益は全てこの村のものとします」
ソレイユローズが村人に向かって深々と頭を下げる。なるほど、そういう約束をしていたのだな。
村人達を一旦解散させたあと、ソレイユローズは薔薇畑の四隅に埋められていた聖魔石を掘り出した。デブリー村に来たときにソレイユローズに貰った雨具聖魔石より二周りくらい大きな黄色の聖魔石だ。結界聖魔石だろう。
ソレイユローズは四つの結界聖魔石を持ち、亡き母の墓前に立った。
「お母さん、今までありがとう。この結界聖魔石は持って行くね。ゆっくり休んでね」
ソレイユローズは結界聖魔石を懐にしまうと、胸の前で手を合わせ、跪いて祈りを捧げる。私も隣で祈りを捧げた。
これでもう、ソレイユローズの亡き母は蘇ることはない。いや、魔物化することを蘇ると言ってはいけない。
結界がなくなれば、薔薇畑だったこの場所も、ソレイユローズの亡き母の墓も、火山灰に埋もれ、冬になれば雪に包まれるだろう。
ソレイユローズの亡き母が、安らかに眠るように祈るばかりだ。
ソレイユローズはもう涙を流さない。強い子だな。
村長宅で収穫を手伝った村人達と共に昼食を済ませたあと、収穫した薔薇を馬車に積み込んで、すぐに出発となった。片道六日の旅である。あまりのんびりとはしていられないのだ。
何しろ大量の薔薇なので、荷馬車は薔薇で一杯になってしまった。おかげで従者の乗る余裕がなくなってしまったので、従者は私とソレイユローズが乗る馬車に同席させる。
ソレイユローズは、薔薇を詰め込んだ荷馬車に冷蔵聖魔石を置いた。薔薇を低温に保つことで、長持ちさせることができるらしい。この冷蔵聖魔石もソレイユローズが買っていたものだ。
つまり、ソレイユローズは、魔物化した亡き母のために退魔聖魔石が必要なことも、収穫した薔薇をを冷やすために冷蔵聖魔石が必要なことも、全部とっくに分かっていたのだ。
「抜かりがおへんねえ(隙がなくて可愛げがないなお前)」
一応、「貴族ことば」で嫌味を言ってみたが、ソレイユローズは苦笑いをしただけで何も言わなかった。
いよいよ出発というとき、村長が近づいてきて、私にだけそっと告げた。
「ヴィラネッタ様、エズクロシー家の大役、どうかお頑張りくだされ」
えっ。
「まさか」
村長はいたずらな笑みを浮かべて言った。
「さて、百三十年も生きておりますと、いろいろと耳が肥えてしまって困りますのう。どうか、ソレイユローズと仲良くしてやってください」
百年も前に王の右腕として活躍していた大魔導士だ。そういうことを知っていても不思議はないか。
「分かりました。お任せください」
私は力強く頷いて見せた。悪役令嬢は大変な役目だが、認めてくれる人がいると分かっただけでも、心強く感じる。
馬車を見送る村長の姿は、やけに小さく見えた。
私がこの辺境の村を再び訪れることはあるだろうか。いや、おそらくないだろう。つまり、村長とはもう今生の別れということになる。
私は、村長に、デブリー村に、シュクレロイアル島に、手を振って別れを告げたのだった。