この物語はフィクションです。実在の方言とは関係ありません。関係あらしまへんえ。
王立魔法学園ブリリアントへの入学日が訪れた。
王立魔法学園ブリリアントは三年制だが、私は三年もこの学園に通うつもりはない。いや、三年も通ってはいけない。その前に追放されなければならないのだ。
私は少し早い時刻に王立魔法学園に行き、校門を入ったところで聖女を待った。
公爵家の令嬢が平民を待ち伏せするのは我ながらどうかと思うが、歴代の悪役令嬢の日誌によれば、初対面のときに悪役令嬢であることを印象付ければ、その後の対応を滑らかにできるようだ。
王立魔法学園の制服は、デザインは共通だが色はそれぞれ違う。白の制服のほか、赤色、青色、緑色など、生徒が自由に選ぶことができる。ただし、三年生のクリアストーン第一王子が白の制服、二年生のルビーストーン第二王子が赤の制服を着ているため、他の生徒は遠慮して白と赤は避けている。私が着ているのはエズクロシー家の紋章にも使われている紫の制服だ。そして肝心の聖女は、黄色の制服を着ているはずだ。
黄色の制服を着た聖女が現れた。
聖女は一人だ。王立魔法学園に通う生徒は貴族ばかりで、平民である聖女の知り合いは一人もいないはずだ。つまり、入学初日に誰かと連れ立って歩くことは考えられない。さぞかし心細いことだろう。
聖女の顔立ちは大人しそうな印象ながら美しく、その瞳には緊張感と希望を宿している。女性にしては背が高い私が言うのも何だが、聖女は私より頭ひとつ分くらい背が低い。
聖女は私と同じ王立魔法学園の制服を身に着けているが、基本的な所作の訓練もしていないのか、歩き方が洗練されていない。ハイヒールに慣れていないようで、体勢を崩すこともあって危うい。見ちゃいられないな。
この王立魔法学園に来るために、彼女はどれほどの努力をしてきたことか。ではまず、その努力を否定して心を折っておこう。
私は偶然を装い、聖女の進路を遮った。聖女は私に気づき、肩をビクリと震わせた。彼女の美しい目が見開かれる。
「あっ、ヴィ、いえ」
聖女は目を白黒させている。平民が貴族に道を塞がれれば困惑も当然だろう。
「ごきげんよう。あなたが噂の聖女ね。私はヴィラネッタ・エズクロシー。よろしくね」
私が名乗ると、聖女は落ち着きを取り戻したようだ。
「ほ、本物、いえ、ヴィラネッタ様ですね。お会いできて光栄です。私はソレイユローズと申します」
知ってる。この半年、あなたについてたくさんの情報を得てきたから。母子家庭で苦労して育ち、その母を病で亡くして寄る辺をなくし、教会に保護を求めたところ、聖女の天恵を授かっていることが判明したことも。そして、とてつもない努力をしてこの王立魔法学園に入学したことも。
この気の毒な聖女を追い詰め、王家の血を引く者と結びつかせなければならない。聖女が思いのほか可愛らしいので私の心は折れそうになるが、折らなければならないのは聖女の心だ。
「この王立魔法学園ブリリアントは、貴族が通う学園です。平民がこの学園に通うなど――」
ソレイユローズは身を縮こませて私の言葉を聞いている。
私は言葉を続けようとして、ふと気づいた。「平民がこの学園に通うなど許されない」なんてことはないよな。許されて入学しているんだから。貴族の私が曲がったことを言うのは許し難い。
よし、ではここで「貴族ことば」を使って努力を否定しておこう。
「よう勉強して来はったんやなあ(無駄な努力してるなお前)」
私達の近くを通り過ぎようとしていた他の生徒たちが私の言葉を聞いてギクリと足を止める。そして、何も聞かなかった風を装ってそそくさと歩み去っていく。
効果は抜群だ。
「貴族ことば」で「よう勉強して来はったんやなあ」は、「無駄な努力をしてきたな」という意味である。今までの努力を否定されて、ソレイユローズは身を震わせている。俯きがちなソレイユローズの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
これで、ソレイユローズはもちろん、周囲の生徒にも私が悪役令嬢だという第一印象を植え付けることができた。この調子で続けていけば、聖女は悪役令嬢に虐められる可哀想な人と認知され、庇う生徒も増えていくだろう。彼女が王家の血を引く者と結ばれ、私が追放されるまでの長い道のりの、これが第一歩だ。
私はハンカチをソレイユローズに渡して言った。
「涙を拭きなさい。教室に移動しますわよ」
「はい」
ソレイユローズは素直に従い、私のすぐ後ろをついてくる。
――ぞわり。
春だというのにひどい悪寒に襲われて、私は思わずソレイユローズを振り返った。そこには、涙を拭いて神妙な顔をしたソレイユローズがいる。
背後からおぞましい視線を感じたような気がしたのだが。
「後ろではなく、横を歩きなさい」
私がそう言うと、ソレイユローズは少し驚いた表情をし、それは困惑へと変わった。
「いえ、その、私はヴィラネッタ様の背中を見ていられれば、いえ、貴族の方と並んで歩くなど」
なるほど、平民が貴族と肩を並べて歩くことを気にしているのか。いずれは王家の血を引く者と結ばれなければならないのに、それでは困る。
「この王立魔法学園に入学したからには同じ生徒です。同じ生徒同士、上も下もありません」
私がそう言うと、ソレイユローズは私の横に並んで歩き始めた。聖女だからって特別扱いをするつもりはない。私の意図も伝わっただろう。
そして、そのあとは謎の悪寒に襲われることはなかった。少なくともこの日は。