祝宴
綺麗に整えられたソレイユローズの亡き母の墓の前で、私とソレイユローズは胸の前で手を合わせ、跪いて祈りを捧げる。
どうかソレイユローズの亡き母には安らかに眠っていただきたいところだが、何しろ頑張り屋のソレイユローズの母だから、薔薇畑を守る結界魔法をやめることはない気がする。つまり、何年か経てば、また魔素が溜まり、魔結晶となって、ソレイユローズの亡き母は魔物化してしまうのではないだろうか。
ソレイユローズにいくつか問い質したいことがある。
「ちょっとお聞きしたいのですけど、あなたはお母様が魔物化していることを知ってらしたの?」
ソレイユローズは間を置かずに答えた。
「はい。村長から手紙をいただいて、亡き母が三か月ほど前に魔物化したことを知らされました。手紙が届いたのは今月に入ってからですけど。魔物化した亡き母は誰に危害を与えることもなく、ただ薔薇を育て始めたということで、緊急にどうにかしなければならないわけではありませんでしたが、できれば早いうちに何とかしたいと思っていました」
なるほど。ソレイユローズの亡き母が魔物化したのが三か月ほど前で、すぐに手紙を出したとしても辺境のデブリー村から王都まで届くのに時間を要したのだな。
「それで、聖魔石の購入を急いだわけですね」
「はい」
しかしまさか、あの退魔聖魔石、亡き母にぶつけるために買ったとは思わなかった。教会で頼まれて代わりに買ったのかと問うたとき、ソレイユローズは哀しげな笑顔を見せただけで何も答えなかった。そりゃあ「魔物化した亡き母にぶつけます」なんて言えないよな。だから私に嘘をつかないために答えなかったんだな。
村長からの手紙だけで、ソレイユローズの亡き母の状態がどこまで伝わったのか、なぜ最適な退魔聖魔石を選べたのか、細かいところに疑問は残るが、ソレイユローズが言わないなら追求することもあるまい。ちょっと寂しいけど。
「まあ、私には関係おへんことどすし、どうぞご勝手に(お前のことなんか信用していないしな)」
私の「貴族ことば」に対し、ソレイユローズは何かを言いかけたものの、何も言わずに俯いてしまった。その表情がとても寂しそうに見えて、私の胸は少し痛んだ。
もう日も暮れてしまったが、ソレイユローズの案内でデブリー村の村長の家を訪れた。村長は高齢の男性で、ソレイユローズを見ると相好を崩して彼女を迎えた。
「おお、ソレイユローズ、大きくなったな。お前の母親のことを手紙で知らせはしたものの、こんなに早くに来てくれるとは思わなかったぞ」
なるほど、ソレイユローズに手紙を送ったのはこの人か。手紙を送ってから三か月ほど経っているわけだが、それでも「こんなに早く」と言っているところに辺境というこの地の距離を感じる。何しろ馬車で真っ直ぐ来ても片道六日だからな。
「初めまして、ヴィラネッタ・エズクロシーと申します」
私は貴族の振る舞いでお辞儀をした。ソレイユローズが世話になった人なら敬意を払わなければならない。
「おお、エズクロシー公爵家のお方が、よくぞこのような辺境の村へ。申し遅れました、デブリー村のポムドテルオブールと申します」
村長が深々と頭を下げる。ご丁寧にどうも。ソレイユローズは村長の様子を目を細めて見ている。何か記憶の奥底に引っ掛かるものを感じる。
いや、待て、ポムドテルオブールって、あのポムドテルオブールか?
「ま、まさか、大魔導士ポムドテルオブールですか?」
「ずいぶん懐かしい呼び名ですな。今は魔力も枯れ果てた、ただの老いぼれですよ」
老人は気恥ずかしそうに頭を掻いた。嘘でしょ。百年ほど前に王の右腕として活躍したという大魔導士がこんな辺境の村にいるなんて。眼の前のこの老人は何歳なんだ。
いや、むしろ納得した。眼の前の老人が大魔導士ポムドテルオブールなら、ソレイユローズの亡き母が魔物化した状況を的確に伝えることも容易いわけだ。
「村長、亡き母の件ですが、ひとまず片付きました。それで、申し訳ないのですが、一晩の宿をお借りできますか。ヴィラネッタ様を野宿させるわけにはいきませんので」
ソレイユローズの言葉に、村長は少し困った表情を見せた。
「それは構わないのだが、知っての通り、この村はもてなしをできるような食材もなくてな」
ソレイユローズは笑顔で答える。
「それなら心配ありません。食材ならたくさん持って来ましたので、台所をお貸しいただければ」
「おおそうか、それは助かる」
食料と水は、最後に寄った宿駅で山ほど買ってきた。帰りの食料はまた買えばいいし、最低限を残してこの村に置いていこう。
「これはこれは、感謝の言葉もない」
いたく感激している村長に、ソレイユローズは耳打ちした。
「バターも用意してますよ」
村長はソレイユローズの言葉に目を輝かせる。ソレイユローズはその理由を私にも教えてくれた。
「村長は、蒸した芋にバターを絡めた料理が大好物なんです」
そういえばデブリー村の主食は芋だとソレイユローズから聞いたな。
「せっかくですから、私もデブリー村の皆さんが食べているものをいただきましょう」
私がそう提案すると、村長は「滅相もない」と慌てていたものの、結局のところ無理を押し通した。ソレイユローズが食べて育ってきたものを、私だって食べたいと思うじゃないか。とはいえ、芋だけの食卓にするつもりはないので、デブリー村では貴重な肉料理などを用意した。
ソレイユローズの帰郷ということで村人も集まってきて、村長宅でちょっとした食事会が行われることになった。
亡き母が魔物化してソレイユローズは村人から忌避されているんじゃないかと心配したが、そんなことはなかったようで安心した。ソレイユローズの周りには常に誰かがいて、常に笑顔が溢れている。食事会と言うより、もはや祝宴と言ったほうが近い。
「何だ、そんなことか」
「それくらい任せなさいよ」
「お安い御用だ」
ソレイユローズを包む歓声を聞きながら、私は村の郷土料理をいただく。
村長の大好物という蒸した芋にバターを絡めた料理は、思いの外美味しかった。芋がこんなに美味しいとは思わなかった。
食事会を終えて、私とソレイユローズは休ませてもらうことにした。
村長宅にはいくつか空き部屋があったので使わせてもらう。持参した寝具を運び込めば一晩を過ごすのに不満はない。私とソレイユローズと二人の侍女が同じ部屋、二人の馭者と二人の従者を同じ部屋にしようとしたところ、二人の侍女が私と同じ部屋は畏れ多いと言うので別室にした。
六日の長旅が控えているので早めに床に就いたが、ソレイユローズにもうひとつ聞いておきたいことがある。
「ソレイユローズ、あなたのお母様はまた魔物化してしまう危険性がありますが、どうするおつもりですの?」
ソレイユローズはしばらく考えてから答えた。
「そうですね。このまま何年かすれば亡き母はまた魔物化してしまうでしょう。退魔聖魔石を供えて来たので少しは保つでしょうけど。薔薇畑をどうするのかも含めて決断しなければならないですね」
決断するというのは、薔薇畑を閉じ、魔法結界もなくすということだろう。そうすれば、ソレイユローズの母は死してなお娘を待ち続けることはもうなくなるはずだ。つまり、逆に言えば、ソレイユローズにとっては、亡き母と本当に最後の別れということになる。
「難しいですわね」
私の言葉にソレイユローズは答えない。静かな寝息が聞こえる。よほど疲れたのだろう。私も慣れない肉体労働をしたので疲れた。
眠りに落ちる寸前、私は落ち込んでいるソレイユローズに言った自分の言葉を思い出した。
「亡くなったお母様も、立派になったソレイユローズに会いたいと思ってるわ。行ってあげなさいよ」
ソレイユローズは目を丸くして驚いていたっけ。そりゃ、亡き母が魔物化して待っている状況でそんなことを言われたら驚くよな。
そこまで考えたところで、私の意識は眠りの海に沈んで行った。




