十二歳の時に母を亡くしたソレイユローズは、貧困な村人の手では育てることもままならず、困った村人達は教会に手紙を書いて、ソレイユローズの保護を求めた。
ということを、私は教会からの情報で知っているわけだが、六日も馬車に揺られるのだから、ソレイユローズの口から聞くことにした。
「ソレイユローズ、よろしければ、お母様のことを聞かせてくださるかしら。デブリー村がどんなところで、どんな風に過ごしてたのか知りたいわ」
ソレイユローズは、デブリー村でのことを訥々と話してくれた。
「私が住んでいたデブリー村は、それはもう、住むのが大変なところです」
デブリー村はこの大陸の北の果ての北海に面した寒村だ。凹の字の形をしたデコンブル湾の最奥にあるため海は比較的穏やかだが、この湾に存在するシュクレロイアル島が住人の生活を厳しいものにしている。
活火山であるシュクレロイアル島は現在も活動中で、時おり噴火しては、周辺に火山灰を降らせ続けている。風向きによっても降灰量は変わるが、一日にミリメートルないしセンチメートル単位の火山灰が降り積もるという。
「ずっと昔に視察に来た王様が、火山灰を見て砂糖のようだと言ったとかで、王様の砂糖という意味の名前になったそうです。そんな甘いものではないのですけどね」
火山灰は、灰という名前ではあるが、木や紙の燃えかすとは違い、岩石やガラスの微細な粉末だ。目に入れば痛く、肺に入れば呼吸に問題を起こす。
「火山灰の入った水を飲んでも健康に害があるわけではないようなのですが、鉄っぽい味がしたり、妙に酸っぱかったり苦かったりして、美味しくはないですね。あと、窓を開けて食事をしていると、いつの間にか食べ物がジャリジャリして、慌てて窓を閉めるというのも日常茶飯事でした」
話を聞いているだけで、口の中が砂っぽくなった気がするな。
「デブリー村の住人は各家庭で飲用水を確保しているのですが。今現在の降灰量が分かりませんし、井戸水は村にとって貴重なので、飲用水は持って行こうと思います。最後の宿駅で、水を用意したいのですが。あと、村への差し入れとして、食料なども」
容易いことだ。私は同意した。
「水と言えば、火山灰に水が混ざると最悪でした。雨は滅多に降らないんですけど、火山灰と雨が一緒に降ると、泥みたいになって、洗濯物は全部洗い直しになったりしました。しかもこの泥が乾くと固まってしまって、それはもう大変で」
あまりに過酷で「貴族ことば」で嫌味を言う気にもならないな。
「しかも火山灰で一年中悩まされるのに、冬になると大雪ですよ。雨は降らないくせに雪はどっさり降るんですよ。一晩で二メートルも積もることもあって、毎日雪かきしないと家が潰れたりするんですよ」
凄まじいな。王都の生活とはあまりに違いすぎる。
少々語り口が熱くなってきたソレイユローズは、また私に理解できないことを言い始める。
「いくら過酷な村の生まれって設定だからって、東北の豪雪地帯に桜島を持ってくるとか、開発者は鬼ですよ」
えっと、知らない単語がたくさん出てきて、理解が追いつかない。
サクラ島というのは、シュクレロイアル島を短縮した呼び名だろうか。
「開発者?」
私の疑問に対し、ソレイユローズは慌てて言い繕った。
「あ、いえ、その、開発者というのは、私の村で言うところの、創造の神のことです。教会で定める創造の女神アーキテクタのことですね。試練を与えてくださるのはいいですけど、さすがに鬼のような厳しさなので参りました」
「聞いてるだけで、しんどおすなあ(こっちが疲れるわ)」
思わず「貴族ことば」で反応してしまって、私は慌てて自分の口を塞ぐ。聖女は教会の人間だ。教会の人間の前で神を侮辱するなど許されることではない。下手をすれば戦争である。今回の「貴族ことば」は嫌味にはなってないから問題はないと思いたいが。
デブリー村が過酷な土地だとは聞いていたが、そこまで過酷だとは思わなかった。
「そんなデブリー村で、皆さんどうやって生計を立てていたのかしら?」
私には生きていくことさえ難しそうだが。
「農作物の栽培は、葉野菜は火山灰で傷んでしまうので、主に大根や人参などの根菜を育てています。王都で売られている大根と違って、まん丸で大きな大根なんですよ。しかもそれを秋に収穫せずに雪の下で冬を越させると、甘みが増して、それはそれは美味しくなるんです」
食べ物について語るソレイユローズの目は輝いているな。「貴族ことば」で皮肉を言っておこう。
「食べ物のことになると、ほんま生き生きしてはりますわ(食べ物以外に興味ないのかお前)」
ソレイユローズは少し声の調子を落として言った。
「正直なところ、食事情は厳しいですね。蛋白質の確保のために大豆も育てていますが、火山灰の酸性に弱いので、石灰を撒いて中和して育てています。主食は芋で、芋の蔓などを餌にして豚や鶏を育てていますが、とても貴重で滅多に口にすることはできませんでした」
まだ食べ物の話が続くんかい。
「ソレイユローズのお母様は、どういったものを育てていたのかしら?」
ソレイユローズは少し遠い目をして、しばらく考え込んだ。
「亡き母は、薔薇を育てていました」
「薔薇を?」
「はい。薔薇は弱酸性の土地を好むので、火山灰の酸性を中和して育てていました。薔薇は深く根を張るので、水捌けのいい火山灰は育成に適しているみたいです。ただ、葉に火山灰が積もると光合成の妨げになるので、亡き母は畑全体に結界魔法を張っていました」
なるほど。そう言えば、王都では数年前まで黄色い薔薇が流通していた。クリアストーン王子と婚約したとき、黄色い薔薇の花束を貰ったのだ。しかしその後、黄色い薔薇を探しても、どこの店でも見つけることはできなかった。
「もしかして、最近王都で見かけなくなった黄色い薔薇は」
「それは亡き母が育てた薔薇ですね。デブリー村の、シュクレ島大根と並ぶ貴重な輸出品でした」
「そうでしたの」
まさか村の特産品を一人で支えていた人が亡くなるとは。
「私が薔薇畑を継げればよかったんですけどね。十二歳の私には荷が重くて。デブリー村の皆さんも、薔薇の育て方は分からないですし、私を引き取って育てられる余裕のある家もなくて、それで相談して教会に助けを求めたのです」
なるほど、ある程度は知っていたが、ソレイユローズは苦労してきたんだな。
「ちなみに、私のソレイユローズという名前は、その黄色い薔薇の品種名です」
ソレイユローズのお母様、どんだけ薔薇が好きなんだよ。