四月ももうすぐ終わろうという今日、ソレイユローズは朝から沈み込んだ表情をしている。いつも明るく元気なソレイユローズが暗い顔をしていると、こっちまで調子が狂う。
さすがに昼食の時まで続けられると、せっかくの食事が美味しくなくなるではないか。
「えらい落ち込んではりますなあ。珍しいこともあるもんどすなあ(いつもは図太いのにな)」
私が「貴族ことば」で嫌味を言うと、ソレイユローズは寂しげな笑顔を浮かべて言った。
「もうすぐ亡き母の命日なんです。デブリー村にお墓参りに行こうと思っているのですが」
ソレイユローズはそこまで言って黙り込んでしまった。
亡母の墓参りに行くのに、躊躇う理由があるのだろうか。
「亡くなったお母様も、立派になったソレイユローズに会いたいと思ってるわ。行ってあげなさいよ」
私がそう言うと、ソレイユローズは目を丸くして驚いている。いや、そんなに変なことを言っただろうか。悪役令嬢に相応しくない言葉ではあるが、さすがに故人を悪く言うなんてできない。
ソレイユローズは小さな溜息をついて、吐き出すように言った。
「正直、それなんですよねえ」
うむ、理解できない。
ソレイユローズが私に理解できるように説明してくれるのを待ったが、その後に続くソレイユローズの言葉はさらに意味が分からなかった。
「このイベント、私ほんとに苦手なんですよね。何でこんな鬱イベント実装するかなあ」
ソレイユローズの言葉は時々ほんとに訳が分からないな。平民の文化は難しすぎる。逆に言えば、平民のソレイユローズが貴族社会に溶け込むのも簡単ではないということか。
「そんなに気が重いなら、私が付き添いましょうか?」
ソレイユローズの悩みは分からないが、行動を共にすれば平民の文化を知ることができるかも知れないし、「貴族ことば」で嫌味を言う機会も増えるだろう。
私の提案を受けたソレイユローズは、手にしていたフォークを皿の上にガチャリと落とし、叫んだ。
「ええええええ!?」
食堂中の視線が私達に集中する。私は動揺を押し隠して「貴族ことば」を放つ。
「よく通る声どすな(やかましいぞお前)」
ソレイユローズは小さく縮こまる。
「す、すみません。余りにもびっくりしてしまって」
「そんなに驚くことだったかしら」
ソレイユローズの叫び声に、私の方が驚いたわけだが。
「ヴィラネッタ様に来ていただけるなんて嬉しいです。よろしくお願いします」
ソレイユローズは、相変わらず社交辞令は上手いな。
ともあれ、ソレイユローズに異存はないようなので、墓参りに付き添うことになった。
「ところで、デブリー村までどうやって移動なさるつもりでしたの?」
「駅馬車を乗り継いで行くつもりでしたけど」
ソレイユローズの生まれ故郷デブリー村までは馬車で一週間ほどかかる距離のはずだ。それを駅馬車を乗り継いで行く?
「お元気やわあ。私やったら三日は寝込みますわ(その計画はさすがに異常だろ)」
ソレイユローズは気まずそうにこめかみを掻いた。
「この体は頑丈ですけど、このイベントは結構キツいんですよね」
何を言ってるんだこの子は。
「お母様が丈夫に産んでくださった体を雑に扱うものじゃありませんわ。旅の計画は私に任せなさい」
幸いにして、五月には十日間の長期連休があるから、何日か学園を休めば往復と墓参りには足りるだろう。
無理のない計画を立てて、ソレイユローズを快適に故郷まで送り届けよう。
王都からデブリー村までは馬車で丸六日かかる。結構な長旅だ。
馬車は教会のものではなく我がエズクロシー家のものを使う。公爵令嬢が教会の質素な馬車で移動しようものなら、没落貴族と後ろ指をさされること間違いない。
馬車は四輪馬車を二台用意した。私とソレイユローズと侍女が乗る馬車と、従者と荷物のための荷馬車。それぞれ四頭曳きなので馬は八頭だ。二頭曳きでも運用可能だが、貴族が二頭曳きの馬車に乗ろうものなら、没落貴族と後ろ指をさされること間違いない。
人間のほうは、私とソレイユローズ、馭者が二人、私達の身支度や髪結いを担当する侍女が二人、荷物の積み下ろしや路上の障害物除去および護衛も兼ねる従者が二人。全部で八人と八頭の旅となる。
馬も疲労するため、一日ごとに宿駅に寄り、必要に応じて貸し馬と交換しながら進む。治安のいい宿駅と街道を選んだが、不測の事態に備えて予備の経路も押さえてある。
さすがにこれだけの大掛かりな計画となると貴族にとっても大きな出費となるが、我がエズクロシー家の財力なら問題ないだろう。何しろ私の父が愛しい娘のために出稼ぎに行ってくれているしな。
そう思っていたら、どこから話が漏れたのか、聖女の里帰りということで、多額の寄付金が集まり、それだけでほぼ全ての資金が賄えてしまった。随行を申し出る人もいたが、人数を増やすと旅行というより遠征軍になりかねないので丁重にお断りした。
ようやく空が白み始めた早朝に、ソレイユローズは教会の馬車に乗って我がエズクロシー家に来た。ソレイユローズは、学園で着ている黄色の制服とは違い、灰色の喪服を着ている。葬式や墓参りに行くときは、家を出るときから喪服を着るのが習わしだ。派手な服を着ていると死者の魂に見つかってしまうため、黒や灰色の目立たない服を着て出かけるのだ。
「おはよう、ソレイユローズ 」
「おはようございます、ヴィラネッタ様。素敵な御召物ですね」
ソレイユローズに衣裳を褒められた。私が着ているのは黒の喪服だが、光の当たり具合によっては表面が紫色にも見える素材だ。
褒められたお返しに、ソレイユローズの喪服に対して「貴族ことば」で嫌味を言っておこう。
「ソレイユローズはえらいさっぱりした御召物どすなあ(薄っぺらで安物の服だな)」
喪服を侮辱するのは人としてどうかと思うが、ソレイユローズは聞き流すことにしたようだ。
「はい。何しろ動き回ることになりますので」
動き回る?
墓参りで?
平民の墓参りは、貴族のそれとは何か根本的に違っているのだろうか。
まあ、片道六日もあるのだ。その辺りはソレイユローズに聞くとしよう。
「今回の旅で世話になる従者達の紹介をしておくわね」
旅の出発に際し、お互いのことを知っておく。最低限の面識があったほうが、旅はやりやすくなるだろう。
「まずは馭者のスカイフとトリポリ。この二人がいないことには旅は始まらないわね」
馭者二人が頭を下げる。この二人には戦闘力はない。いざとなれば馬車を走らせて私達を逃亡させるのが最優先の任務だ。
「次に、私とソレイユローズの身支度や髪結いを担当する侍女の、ルーペとピンセッタ」
侍女二人が恭しく頭を下げる。身支度や髪結いを担当するのだが、槍術に長けており、いざとなれば護衛も兼ねる。
「そして、護衛のドップとラップ。できれば二人には活躍しないでほしいわね」
護衛の二人は王国騎士団の推薦を得ているから、道中の心配は要らないだろう。二人とも全身に板金鎧を纏っている。顔は面具で見えないが、ドップは年配で、ラップは私とさして年齢が違わないくらいの若手に見える。
「よろしくお願いします、お嬢様方。できれば私どもが活躍せずに無事に旅が終わるといいですな」
ドップはそう言ってかっかと笑った。ラップは何も言わずに頭を下げた。
「デブリー村のソレイユローズです。みなさん、どうぞよろしくお願いします」
ソレイユローズは深々と頭を下げた。従者達よ、この可愛らしい聖女に、傷ひとつ付けさせるんじゃない。絶対にだ。
「ともあれ片道六日の長旅です。さっそく参りましょう」
デブリー村に向けて、出発だ。