王立魔法学園の食堂で昼食を済ませたあと、私とソレイユローズはそのままお茶をいただいている。今日のお茶も美味しい。
ソレイユローズは、掌に乗せた聖魔石を転がしている。
魔法学の授業で受け取った聖魔石を弄っている一年生の姿が、学園内のあちこちで見られる。まあ、そう言う私も、懐の聖魔石をついつい触ってしまうわけだが。
ふと何かを考え込んでいたソレイユローズが、顔を上げて言った。
「ヴィラネッタ様、今日の放課後、市場に聖魔石を買いに行きませんか?」
突然だな。
聖魔石はどこにでも売っているものだ。例えば魔法照明と呼ばれるものは神聖エネルギーを込めた聖魔石だし、魔法給湯器は魔力エネルギーを込めた聖魔石で水を加熱するし、魔法瓶は神聖エネルギーを込めた聖魔石で保温する。
魔法学で聖魔石について習ったからと言って、その日のうちに聖魔石を買いに出掛ける必然性はないのだが、そう言う私も、聖魔石を買いに出掛けたいと思っていたのだ。
「えらいお急ぎやすなあ(えらいせっかちだなお前)」
ソレイユローズは少し困ったような顔をして答えた。
「はい、自分でもそう思うのですが、魔法学で聖魔石の話を聞いたら購入が解除されるので、少しでも早く手に入れられたらいいなと思って」
購入が解除されるとか、平民の言い回しは難しいな。
「いいですよ、一緒に参りましょう」
「やったあ」
ソレイユローズは満面の笑みで喜ぶ。この子は私みたいな悪役令嬢と出掛けることの、どこがそんなに嬉しいのか。
放課後、私とソレイユローズは市場に出た。
市場には様々な店が並ぶ。店舗もあれば屋台もある。私達が目指すは日用雑聖魔石店だ。人混みの中には同級生の姿がちらほら見える。みな考えることは同じなのだな。
日用雑聖魔石店は名前の通り、日常的に用いる雑多な聖魔石を扱う店だ。
店に入ると、調理用聖魔石、照明用聖魔石など、いろいろな棚が並んでいて、そこに聖魔石が納められている。これらを見て回るだけでも時間が消えていきそうだ。
私とソレイユローズは、それぞれ店内を見て回ることにした。
私は美容用聖魔石を見に行く。紫外線を防いだり、肌を整えたり、毛穴を隠したり、睫毛を育てたり、まぶたを二重にしたり、涙袋をぷっくりさせたり、唇を染色したり、頬を赤らめたり影を入れたり、顔周りだけでも様々な聖魔石がある。
美容品に関しては、化粧品と美容用聖魔石があるわけだが、どちらも一長一短で、人によっては組み合わせたり使い分けたりしている。
美容用聖魔石の長所は、聖魔エネルギーを込めれば長期的に使えるということだ。聖魔エネルギーの出入りによって聖魔石は劣化していくが、汚れなどを気にしなければ数年は使える。短所としては、人が一日に使える魔法には限りがあるので美容用聖魔石に聖魔エネルギーを込めている余裕があるかどうかということと、聖魔特性が合わなければそもそも聖魔エネルギーを込めることができないということだ。神聖エネルギーと魔力エネルギーの両方に対応した聖魔石もあるにはあるが、倍以上の値段とあっては手を出しにくい。
聖魔石に聖魔エネルギーを込める聖魔石充填師を利用する手もあるが、そうすると結局のところ化粧品とあまり変わらない維持費がかかってしまう。ゆえに、化粧品と美容用聖魔石を組み合わせたり使い分けたりするわけだ。
私は肌用聖魔石の棚を見る。手指の肌荒れを緩和する聖魔石を見つけた。神聖エネルギーによって起動するようだ。色が何種類かあるようなので、黄色い聖魔石を選んだ。
勘定場に向かうと、ソレイユローズが支払いをしているところだった。もう買うものを決めたのか。判断が早いな。ソレイユローズが購入しようとしているのは四つの聖魔石だ。二つは同じ大きさの緑の聖魔石で、ひとつはやや大きめの水色の聖魔石、そして残るひとつはかなり大きな白い聖魔石だ。
ソレイユローズの会計を後ろから見ていた私は、白い聖魔石の値段を聞いて飛び上がるほど驚いた。それくらい高額だったのである。王立魔法学園の三か月分の月謝に相当する金額だ。
ソレイユローズはこともなげに会計を済ませると、店員に告げた。
「あ、領収書をください」
領収書を貰っているということは、誰かに頼まれた買い物なのだろうか。
私も会計を済ませて、ソレイユローズと合流する。
「あ、ヴィラネッタ様もお買い物が済んだのですね」
ソレイユローズは満面の笑みを浮かべている。
「どんな聖魔石をお買いになったの?」
あの高額な聖魔石が何なのか、とても気になる。
「雨具聖魔石を二つと、冷蔵聖魔石をひとつと、退魔聖魔石をひとつです」
「退魔聖魔石?」
何だそれ。一介の学生が買うようなものではないような気がする。
「ああ、魔物を退ける聖魔石です」
ソレイユローズがこともなげに言う。いや、それは分かるのだけど、そうじゃなくて、どうしてソレイユローズが買うのか、意味が分からない。
「どうしてまたそんな物を?」
私は疑問を口にしたところで、先ほどソレイユローズが領収書を貰っていたことを思い出した。
「あ、領収書を貰ったということは、教会で頼まれて代わりに買ったんですのね」
ソレイユローズはなぜか哀しげな笑顔を見せただけで、何も答えなかった。肯定ということなんだろうか。
そうだよな、ソレイユローズみたいな可愛らしい子が魔物と戦うなんて考えられない。魔物ハンターじゃあるまいし。
そんなわけで市場をあとにし、自宅に帰ってきた。
ソレイユローズがあまりにも高額な聖魔石を買っていたので驚いてしまい、私が買った聖魔石のことを失念していたな。
私は自分が買った聖魔石を机の引き出しにしまうと、その存在のことを忘れてしまった。