王立魔法学園の生徒会はとても忙しい。それは王室からの情報で知ってはいた。
王立魔法学園は、王立というくらいだから、王国が作った学園だ。そしてその学園に王族であるクリアストーン第一王子、ルビーストーン第二王子が通っている。しかもクリアストーン第一王子は生徒会三年目、ルビーストーン第二王子は二年目だ。
生徒会に王族が二人もいる。それで何が起こるかと言えば、権力の集中だ。
この生徒会には、学園の法、秩序、行事、予算、貴族間の調定など、ありとあらゆる権力が集中してしまっている。王子達が卒業したらどうするつもりなのか。第三王子は確かまだ六歳のはずで、学園に入学するのはまだ先だ。
生徒会に権力が集中しすぎているくせに、生徒会役員は王子が信用できる生徒に限られるとあっては、生徒会が忙しいのは必然とも言える。逆に言えば権力が集中しているからこそ王子が信用できる生徒に限られるわけで、解消は一筋縄ではいかないだろう。
ともあれ、生徒会には様々な案件が持ち込まれる。貴族同士の派閥争い、婚約や政略結婚の調整、領地間の紛争など、普通の生徒がどうにかできる範疇を大幅に超えた案件も多数ある。そういう案件は王子達の担当だ。クリアストーン王子は頭脳で問題を解決し、ルビーストーン王子は腕力で問題を解決する。この役割分担により、学園内の貴族の諍いは全て解決される。
では、平民出身のソレイユローズに何ができるのかというと、主に書類整理などの雑務ということになる。
机の上に積まれた書類の山の向こうから、ソレイユローズのうめき声が聞こえる。
生徒会室で自己紹介を済ませたあと、クリアストーン王子に「ではこちらを頼む」と言われて案内されたこの別室には、机の上に山積された書類があった。
「何ですの、これは?」
絶句する私に、ルビーストーン王子があっけらかんと答える。
「学園中から集まってくる要望書だ。処理が追いついてなくて、このざまさ」
いやいや、処理が追いついてないって、何千件あるんですか。いや、もしかするともう一桁上か?
そして、王子達は学園内の風紀取り締まりに、サファイア・クロムウェルは図書委員として図書館に、オニキス・ヴェイルは学園の今月期予算委員会に呼ばれて出て行ってしまった。
いやいやおかしいだろう。何で忙しい生徒会役員が図書委員と兼務してるんだ。
いや、文句を言っても始まらないな。私とソレイユローズに書類整理を押し付けて、みんないなくなってしまった、その事実に向き合おう。
先刻から私とソレイユローズは机に齧りついて書類の山と戦っている。
私も二十件ほど処理したが、どこぞの水道の出が悪いとか、どこぞのトイレが詰まっているとか、どこぞの照明器具が切れかかって点滅しているとか、どう考えても生徒会に持ち込む案件ではないと思う。権力の集中させ方が間違ってる。
不意に扉が開き、ルビーストーン王子が入室してきた。この人にはノックという習慣はないらしい。
「追加の要望書が来てたぜ」
ルビーストーン王子はそう言って、書類の束を書類の山の上にドサリと置いた。
「ひぃっ」
私は思わず変な声を出す。処理した分より増えてしまったではないか。いや、もしかしてこれ、新しいのをどんどん上に積んでいる?
「なっ、何で上に積むんですか!!」
私が抗議すると、ルビーストーン王子は不思議そうに肩をすくめて言った。
「いや、いつもそうしてるけど?」
何てこと。じゃあ、この山の下の方にある書類は、いつのものなのかしら。
愕然とする私に、ルビーストーン王子は「じゃ、任せたぜ」と爽やかに言い放つと、部屋から出て行ってしまった。
すっかりやる気を削がれた私は、伸びをして体をほぐし、ソレイユローズの様子を伺う。
ソレイユローズは、うめき声を上げながら、ものすごい勢いで書類を処理している。
ソレイユローズが処理し終えた書類は、ざっと見ても百件は超えているだろうか。一番上のものを見ると、どこぞの窓ガラスにヒビが入っているので交換してほしいという要望だ。ヒビが入った窓ガラスの場所の説明と交換という文字に赤色で下線が引いてあり、「学園事務局施設担当者様よろしくお願いします」と、丁寧な文字で書き添えられている。
なるほど。これなら一目で要望が把握できる。改めてソレイユローズを見直した。しかし、ちょっと根を詰めすぎているように見える。
「ソレイユローズ」
返事がない。私はソレイユローズの肩に手を置いて、再び声を掛けた。
「ソレイユローズ」
「あっ、はい」
ソレイユローズはよほど集中していたのだろう。ややびっくりしたように私を見た。ソレイユローズの美しい顔に、少し疲労の影が浮かんでいる。ここは「貴族ことば」で釘を刺しておこう。
「お気張りやすな(頑張り過ぎだぞお前)」
ソレイユローズは、はにかんで答えた。
「事務仕事をやっていた経験があるので、こういうのは慣れているんですよ」
うっ。ソレイユローズは貧しい寒村で母と二人暮らしをしてきたが、家計を支えるためにそんな仕事をしていたということか。ソレイユローズが母を亡くしたのは十二歳の時だから、ずいぶん苦労したんだな。
目頭が熱くなるのを堪えつつ、私はソレイユローズが処理した書類をパラパラとめくった。
「丁寧な仕事をしてはりますなあ(仕事が遅いぞお前)」
私より仕事が早い相手に言うことではないが、まあいいだろう。
ソレイユローズは少し沈黙したあと、俯きがちに答えた。
「恐縮です」
よし、今回の「貴族ことば」はこれくらいでいいだろう。
それよりも、この書類の山を何とかしなくては。
「この書類の山、どうしたものかしらね」
「はい」
私とソレイユローズは揃って溜息をつく。
ソレイユローズの先程の集中っぷりからすると、新しい書類がどんどん上に積まれていることにも気づいていないかも知れない。
「この書類、下の方は古いものみたいなのよね」
「はい。三年以上経過しているものは、さすがにもう処理しなくていいと思います」
確かに、三年以上経過していれば要望を出した人はもう卒業してしまっているだろう。
「なぜ三年以上経過しているものがあるって分かったの?」
「えっ」
私の素朴な疑問に、ソレイユローズの動きが止まった。
「え、ええと、ほら、見てくださいよ、下の方の書類には、埃が積もってますし」
ソレイユローズに言われてよく見ると、乱雑に積まれた書類のはみ出した部分に、ごくうっすらと埃が積もっている。言われてようやく気づく程度だ。ソレイユローズの観察眼の鋭さに驚かされる。
「ねえ、ソレイユローズなら、この書類の山を効率的に片付ける方法とか思いつかないの?」
我ながら無茶を言っているな。
ソレイユローズは、うーんと唸って頭を抱えて机に突っ伏してしまった。さすがにソレイユローズでもお手上げか。
「んああ、方法はあるんですけど、そうすると攻略対象の好感度が上がって余計なフラグが立っちゃうんですよねえ」
ちょっとソレイユローズが何を言っているのか分からない。
「方法はあるんですの?」
私の問いかけに、ソレイユローズは慌てて顔を上げた。
「あっ、いや、その」
ソレイユローズはしどろもどろである。方法があるなら、何をそんなに慌てる必要があるというのか。
ソレイユローズはしばらく視線を彷徨わせたあと、観念したかのように言った。
「この要望書ですが、完全に自由な書式になっているので、処理するためにはいちいち全文を読んで理解する必要があります」
確かにそうね。
「こういう要望書はテンプレート化して、もっと機械的に処理できるようにすべきです」
テンプレート?
「設備に関する要望書ですが、まず一番上にタイトルと重要度ですね。重要度は高・中・低の欄を設けて、いずれかを丸で囲ってもらいます。次に提出日と提出者の学年、氏名、貴族階級、連絡先です。次に対象設備の場所ですね。場所、設備名、具体的な位置の説明が書ければいいでしょう。次に問題の発生状況です。いつから発生しているのか、どんな問題か、どれくらいの頻度で再現するのか。そして影響範囲。どれくらいの利用者に影響があるのか。緊急度はどれくらいなのかを選択できるようにすれば、処理の優先度評価に役立つでしょう。要望内容を記述する欄も、修繕・点検・交換・清掃などの項目を用意しておいて、その他のときのみ自由に記入してもらえばいいと思います」
ちょっと待って理解が追いつかない。
「つまり、自由に書けるようにするのではなく、決まった形で書くようにするということね」
私の理解が合っているのか自信がないが、ソレイユローズは大きく頷いた。
こんな案があるならソレイユローズは最初から言えばよかったのに。
攻略対象とかフラグとか、平民の文化は分からないことが多すぎる。