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梟閣下の宵嫁  作者: 辺野 夏子


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5/10

 薄暗い牢の中、綾羽は冷たい石の床に膝をつき、泥にまみれた組紐を両手でぎゅっと握りしめていた。


「……ごめんなさい。大切なものを託してくださったのに」


 呟いた声は牢の壁に吸い込まれ、誰に届くこともない。胸の奥が締めつけられるように痛んだその時、頭上でふいに羽音がした。


 ひんやりとした夜気の中で梟が一羽、鉄格子の向こうから室内を覗き込んでいた。


「あなたは……」


 妙に人懐っこそうな梟に声をかけると梟は返事の代わりに一声鳴いて、嘴から一枚の紙を落とした。


 それには見覚えのある印が刻まれている。


「蒼月様」


 その名を口にしただけで、胸の奥に確かな灯がともるのを感じた。


 綾羽は宝珠を胸に抱き寄せながら、封を震える手で開く。


 あなたを迎える準備をしている。

 次の満月まで、決して宝珠を手放すことのないように。蒼月より


「……蒼月様。お待ちしております」


 梟はその誓いを聞き届けたかのように、低く鳴き声を残して夜空へと飛び去った。


 次の満月の晩、綾羽は再び山の中の屋敷に一人で待機することになった。前回とは打って変わって、綾羽は豪華な花嫁衣装を身につけている。


 曾祖母が綾羽の肩に手をかけ、「お前はお前の旦那様を大事におし。宝珠よりよいものをいただけるようにね……」と猫撫で声でささやいたのが、耳の奥にまだねばついて残っている──そんな感じがして仕方がないし、それを聞いた時の沙代理の顔と言ったら、記憶から抹消してしまいたいほどに恐ろしい。


 やってくるのは、果たして──綾羽は不安そうに宝珠を覗き込んだ。


「……無事だったか」


 やがて音もなく、夜の闇の中に蒼月が現れた。腕の傷はすっかり良くなったのか、もう包帯を巻いてはいなかった。


「蒼月様、お待ちしておりました……」


 小さく礼をした綾羽に、蒼月はいたわるように声をかけた。


「その顔色だと、肉親たちとの話し合いはうまくいかなかったようだな」


 図星をさされて、ますます綾羽はうつむいた。


「前の満月の晩、妹が、懐妊したと……確かに、腹の中に霊力を持つ子がいるようなのです」

「らしいな。当初のもくろみが外れたから今度はあなたの方を「宝珠を与えた誰か」に嫁がせようと思っている……そんなところか」

「……どうやらそのようなのです」

「ならば、もう義理立てする必要もないだろう」


 蒼月の言葉に、綾羽は深呼吸をしてから、薄桃色の瞳で蒼月を見つめた。


「蒼月様、私を帝都にお連れください。下働きでもなんでもいたしますし、働き口が見つかればすぐに離れてご迷惑をおかけしないと誓います……」


 呉竹の家が使命を果たすことができずに帝の不興を買って取り潰しとなれば、呉竹の娘である綾羽と関わっていることが不利になるだろう。


 だから綾羽は蒼月とは一緒にいることができない、そう思っている。


「綾羽。俺はあなたを妻として迎えたいと思っている」

「妻だなんて……」


 頬に当てられた手の平が熱くて、綾羽の頬が朱に染まった。


「綾羽。あなたには特別な力がある。生贄として捧げられるためではなく、生きて未来を選ぶために生まれたのだ」


 そう言って、蒼月は綾羽の細い体を抱き寄せた。綾羽は男性と触れあうことが今までなく、硬直してしまう。心臓は破裂しそうなほどに高鳴っているけれど──ふわふわとした夢のような感覚が、心地よいと思った。


「この山を訪れたのは──帝の命もあるが『西の山に花嫁あり』との天啓を受けたのも理由の一つだ」

「天啓を……」


 強い異能の力があると、現世では見ることのできないもの──前世や今世の縁の繋がりが見える時があると綾羽も聞いたことがあった。


「篠宮のものは夜に霊力が増す──だから、あなたがきっと俺の探していた花嫁だ」


 生まれて初めて告げられる愛情に、綾羽の体が熱くなる。


「もし俺が綾羽に心を寄せていることをあやかしに知られれば、今度はあなたを狙ってくるだろう。だからこそ……近くで守りたい」


 沙代理の異常な様子を思い出して、綾羽の心に恐怖がよぎる。綾羽は蒼月を見上げ、小さく頷いた。


「私も……蒼月様と一緒に行きたいです。どうせあやかしに捧げられる運命なら、あなたにすべてを委ねたいと思っております」


 その決意に、蒼月は微笑んで、いっそう綾羽を強く抱きしめた。


「ならば――俺があなたの守り人となろう。綾羽、改めて──この篠宮蒼月の妻となってくれないか」

「はい」


 綾羽はゆっくりと、しかしはっきりと頷いた。その夜、綾羽は初めて恐怖ではなく温もりに身を委ねた。


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