EX-002 - でし -
EX-002 - でし -
「では師匠、今までご指導ありがとうございました!、また必ず戻って来ます!」
「儂が生きているうちに一度くらいは顔を見せるのじゃぞ、絵の事で悩みがあれば手紙を出せ・・・相談くらいは乗ってやる」
「はいっ!」
バタン・・・
そう言って儂の弟子はアトリエから出て行った。
部屋は片付いている、奴が先程まで掃除しておったからな・・・。
「寂しくなるのぅ」
儂の名はフィンセント・チッチャイコスキー・・・これは世を偲ぶ仮の名で本名は別にある。
ここサウスウッドの辺境でしがない画家をやっておるつまらぬ男じゃ。
儂はいつもより広く感じるアトリエで甥っ子に手紙を書く。
今日お前の息子が王都に旅立った・・・前に手紙を出してからの出来事、奴の才能がいかに本物であるか・・・そんな内容を綴り儂は最後に署名をする。
フィニアス・アンブレラ・・・。
手紙を折り畳み、封筒に蝋封を施す・・・これをサウスウッドの屋敷の持って行けば転送の魔道具で弟子よりも先に王都に届くじゃろう。
ぱらり・・・
立ちあがろうとすると机の上から手紙がいくつか落ちた、この机も整理せぬとな、もう分別してくれる弟子は居ないのじゃから。
儂は屈んで手紙を拾い上げる、歳のせいで腰が痛い・・・手紙の一つは半年前に届いたものじゃった。
「ふふっ・・・怒っておったのぅ」
手紙には大きな文字で「師匠!、ひどい!」とだけ書かれておった、弟子の連れて来た眼帯の少女からの手紙・・・。
儂が描いた弟子の姿絵を欲しそうに見ておったから幾つかある習作を完成させて金貨1枚で売りつけてやった。
儂は約束通り弟子の全裸絵を梱包して奴の家に送った、じゃが・・・「ついうっかり」間違えて特別な梱包材で送ってしまったのじゃ。
その梱包材は魔道具の一種で受け取り確認の送り状を剥がすと梱包が解ける仕掛けになっておる。
受け取りは執事かメイドか・・・或いは家族か・・・どちらにしてもあの絵は家人の目に晒されたであろう。
「ククク・・・喜んで貰えたようで何よりじゃ」
初めて弟子に会ったのは1年前・・・甥っ子から手紙で息子がサウスウッド家に滞在する、何かあれば宜しくと頼まれてはいた。
「息子?・・・娘の間違いじゃろ」
時折儂の家の前を通る2人の少女のうちの一人が「彼」だと気付いたのは10日ほど後の事じゃった。
売却する絵をサウスウッドの屋敷に運び入れ、馬車から降ろす騎士達を眺めておったところへ当主がやって来た。
「お疲れ様ですフィンセント殿、こちらは王都から来られてしばらくうちに滞在する事となりましたアンジェリカさんとベアトリスさんです」
そう言って儂に少女2人を紹介する当主・・・。
「息子・・・いや、少年と聞いておったのじゃが?(ぼそっ)」
当主に近付き少女達に気付かれぬよう耳打ちする。
「アンジェリカさんは男性ですよ(ひそっ)」
「なるほど・・・」
儂はその言葉で察した。
王都で不祥事を起こして謹慎する元王太子・・・と、その護衛、不祥事とは衆目の前での婚約破棄・・・なるほどなるほど、見えてきたぞ、まるで若い頃の儂のようじゃの。
「アンジェリカさん、こちらは画家のフィンセントさんです、すぐ近くにアトリエを構えていて・・・」
アンジェリカという元王太子に儂を紹介する当主・・・だがあまり関わりを持つ事もなかろう、そう思っておったのじゃが・・・。
コンコンッ・・・
「何じゃ、こんな朝早くから」
「あのっ・・・私に絵を教えて貰えますか!」
例の2人が儂の家に訪ねて来おった・・・。
何故絵を習いたいのかと聞けば親友がここの景色を見たいと言っておるらしい。
どこかの商会がしゃしん・・・いや、目に見える物をそのまま写し撮る魔道具を開発して随分前より普及しておるが・・・時間が腐るほどあって自分の手で絵を描いてみたいのだそうじゃ。
「教えてやらんでもないのぅ・・・ただし条件がある」
弟子は取らぬ主義じゃが可愛い甥の息子・・・暇つぶしになるか、そう思い条件付きで引き受けてやった。
「師匠、出来ました!」
師匠か・・・第二王子、王弟、大公、画聖・・・様々な名で生きてきた儂じゃが弟子に師匠と呼ばれるのも悪く無い。
「・・・ふむ・・・なかなかじゃの・・・」
弟子の恐るべき才能に気付いたのは彼・・・彼女がここに通い始めてから数日経った時じゃった。
簡単に絵の基本を説明し描いてみよと花瓶に入った枯れ花を指差した。
儂が10日ほど前に庭から無造作に抜いてきた花が枯れたものじゃ、どれ、少し見てやろうか・・・そう思い木炭で描いておる奴の手元を覗いた。
「・・・っ」
何じゃこれは、まだ未熟ながらも奴の描き出す枯花は素人の域を軽く超えておった、こいつは才能の塊じゃ、我が手で育ててみたくなった。
儂は手紙で甥っ子に伝えた、奴を弟子にした事、とてつもない可能性を秘めた絵の才能がある事・・・。
甥っ子の返事は短かった。
(叔父上に全て任せる、息子の好きな事を自由にさせてやって欲しい)
「好きな事を自由に・・・か」
儂はサウスウッド家に出向き、当主に弟子がここに来た経緯を尋ねた・・・。
「そうか・・・なるほどのぅ」
「大公閣下・・・いえ、フィンセント殿、殿下がここに滞在するのは1年です、その間よろしくお願いします」
「分かった、訳有りじゃが可愛い甥っ子の息子じゃ、無碍には出来ぬよ」
恐ろしいほど儂によく似た、儂と同じ王家の血が流れる少女のような少年に出会い、儂は遠い記憶を思い出していた・・・。
「フィニアスよ、お前はまた絵を描いておるのか?」
「あ、兄上!、おはようございます!」
「確かに早いな、まだ朝食も出来ておらぬぞ・・・庭園の絵か、相変わらず素晴らしいな」
「ありがとうございます」
「絵を描くのもいいが・・・学業を疎かにするなよ」
儂は幼い頃から絵が好きな子供じゃった、最初は・・・城に飾ってあった絵画を描き写したらメイド達が褒めてくれた・・・そんな些細な事がきっかけだったかのぅ。
本格的に絵を描き始めて間もない頃、強烈な違和感を感じた・・・遥か昔、いや夢の中か、何度も何度も絵を描いた記憶・・・。
最初は朧げだったものが日を追うごとに鮮明に蘇る・・・。
「僕は・・・僕じゃない、私は沙也加・・・」
大戦の傷跡も癒えた祖国、復興も一段落した貧しいながらも成長著しい国で「私」は青春時代を過ごした。
激しさを増す学生運動、カラーテレビの登場は衝撃だった、ヒッピー文化に傾倒していた私は平凡な人生を拒否して美術・・・油彩画の道へ・・・。
まだ女流画家が奇異な目で見られた時代の中で私は夢中で絵を描き続けた、美術館に行き図書館で画集を眺めた。
貧乏で寒さに震え、絵の具代を稼ぐために懸命に働いた、そして風邪をこじらせ肺炎であっさり死んでしまった。
・・・
儂は記憶を取り戻した後、自分が何者であるかを調べた・・・王家の文献によると儂のように生まれる前の記憶を持つ者は「渡り人」と呼ばれておるようじゃった。
特に厳重に秘されておる文献も王族の立場から閲覧出来た、遥か昔・・・始祖王の3代後に天才と謳われた錬金術師が居たらしい。
今は失われた秘技により別の世界へと行き来し、そこで子供まで作ったそうじゃ。
その錬金術師の血を別の世界で受け継いだ人間は死ぬと稀な確率で生前の記憶を持ったままこの世界に生まれ変わる・・・賢者達の研究では魂が「こちらの世界」に引き寄せられるらしい。
そして儂は国の監視対象となる「渡り人」である事を隠し生きる事を決めたのじゃ。
学園での儂は黒髪の美青年じゃったからとてもモテた、今は白髪で上の方が薄くなっておるが余計なお世話じゃ!。
王子の身分目当てで擦り寄って来る令嬢を目障りに思いながらも芸術に没頭する儂はやがて「変わり者」の異名が付いた。
「ねぇ、フィニアス、あなた学園で変わり者って呼ばれているわよ」
「姉上、「変わり者」だけではなく「変態」「幼女好きの危険人物」などと噂されております」
だんっ!
「知ってるなら何とかしなさいよ!」
「真実ですので何ともなりません!」
「・・・で、お父様の選んだ婚約者も拒絶した・・・と、相手が巨乳だからかしら?」
「いえ、巨乳も素晴らしい、豊満な胸は芸術の・・・」
だんっ!
「あなたは芸術の事しか頭にないの!」
「はいっ!」
この時の姉上のゴミを見るような目は今思い出しても傑作じゃった、じゃが儂が勝手に婚約を破棄して怒り狂う父上を宥めてくれたのも姉上じゃった。
両親からは呆れられておったが兄姉は儂を大事にしてくれた。
兄達の理解?と協力もあって儂は王家から距離を置き、名を偽って王都の外れにアトリエを構えた、これで思う存分好きな絵が描けると儂は舞い上がった。
それからしばらく描いては売り描いては売り・・・元々「前」の世界で絵画の基礎は磨いておったから皆に評価されそれなりに絵は売れた。
生活が安定して商売も順調・・・そんな時、儂の前に衛兵が現れた・・・。
「あれは酷い事件じゃった・・・幼女の裸体を描いた絵が緻密過ぎてけしからんと抜かしおる」
儂は捕まり兄や姉にも迷惑をかけてしまった・・・。
厚顔無恥な儂とて罪悪感はある、儂は王都のアトリエを手放し辺境の果て、自然豊かなこのサウスウッドを終の住処に選んだのじゃ。
・・・
絵を描いておった筆を止めて周りを見渡す・・・部屋は静かじゃ、いつもならこの時間には弟子が訪ねてきて部屋が汚いと文句を言うのにのぅ・・・。
儂は散歩がてらにサウスウッドの屋敷を尋ねる。
「家の掃除をするメイドを雇いたい・・・ですか」
「あぁ、弟子が居なくなって掃除をする者がおらぬからの、紹介して貰えぬか」
「それは構いませんが・・・うちから交代で出しましょうか?」
「助かる、金は払うから安心してくれ」
「いえ、閣下にはお世話になっておりますので必要ありません」
「そうか・・・それから儂の家や財産の事じゃが・・・死んだら弟子に全部譲りたい、書類手続きを頼む」
「はぁ、ここはサウスウッド領ですから土地や遺産譲渡の手続きはうちで出来ますが・・・理由を伺っても?」
「儂も歳じゃから身の回りの整理をしておきたいのじゃよ、それに弟子の奴が王都の外でも安らげる場所を作っておこうと思っての」
「何じゃと!、もう売り切れたのか?」
「はい、画商が言うには王都方面から注文が殺到していると」
「今までこんな事はなかった筈じゃが・・・」
弟子が王都に帰って2年が経つ、ここ最近儂の絵が異常によく売れておる、売れるのはいいが注文数が増えて休む暇も無い状態じゃ。
一体何が起きておるのだ?。
「ユーノス傘下の商会が絵画販売に力を入れており、その方面から人気に火が着いたのではと」
「姉上の娘・・・姪っ子が結婚してコヴァーンから爵位を譲られた家じゃったか・・・むむ、最近その名を聞いた記憶が・・・」
「アンジェリカ様のご友人がそこの娘です・・・ほら以前ここに来た眼帯の、確か閣下に頼まれて絵を送った事が・・・」
「あいつの仕業かぁ!」
ふふふ、それなら何か礼をせねばな、今度奴の家に弟子を描いた大作を送り付けてやろう・・・。
読んでいただきありがとうございます。
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