EX-001 - ぬこーにさんのゆううつ -
EX-001 - ぬこーにさんのゆううつ -
・・・
私は自室のベッドに腰掛けて小さな箱に入った宝物を眺めている。
これは私がずっと欲しかったもの、この世界でいくらお金を払っても手に入らなかったもの・・・ダメだ、嬉し過ぎて思わず顔が緩む。
大粒の涙のような雫に薔薇が絡み合った綺麗な銀のネックレス・・・。
地方都市の少し寂れたショッピングモールに店を構えていたアクセサリーショップ「ドラゴンアビス」の人気商品「ティアドロップ・ローズ」だ。
・・・このお店は一部の人達の間でカルト的な人気を誇っていた。
周りのテナントが閉めてしまい休憩スペースや100円ショップに姿を変える中で健闘していた数少ないお店の一つだ・・・。
スタッド付きの革ジャンを着たパンクロッカーやヴィジュアル系のお兄さん、ゴスロリ好きな女の子・・・お店はいつもそんな個性の塊みたいな人達で賑わっていた。
私の父親、雁城龍也のお店だ。
これは遠い遠い私の記憶・・・確か・・・私の誕生日に作って欲しいとお父さんにお願いしたんだ・・・。
・・・
「・・・」
「何だ、またティアドロが欲しいのか?、この前一個くれてやっただろうが?」
「それはお店で売ってる量産品だよね、私はお父さんが削り出した大きいのが欲しいの!」
「あれは売り物じゃねぇ」
「ねぇ、作ってよー」
「どれだけ時間かかると思ってんだ?、毎日忙しくて作ってる暇なんて無ぇぞ」
「むぅ・・・」
「仏壇に母さんのがある、あれをやるって言ってんだろ」
「あれはお母さんのだよ、裏に龍也から愛を込めて・・・なんて書いてるしあんなの恥ずかしくて付けられないよ、彼氏に見られたらどう思われるか・・・」
「お・・・お前っ!彼氏が居るのかよ!、聞いてねぇぞ!」
「今は居ないよ、でもいつ出来るか分かんないし」
「今はって事は前には居たのか?、誰だ!、俺の娘に手ぇ出しやがった命知らずなクソ野郎は!」
「やだ顔が近い!・・・前も居ないし居た事無いよ、お父さんそんな調子で私に彼氏ができたらどうなるんだろ、傷害で捕まるんじゃないかって娘としては心配だよ」
「・・・心配すんな、ちょっとだけ拳で語り合うだけだ」
「絶対ダメだからね!・・・それで、作ってくれるの?くれないの?」
「・・・お前が結婚する時までには作ってやる」
「えー、そんなのいつになるか分かんないよ」
「・・・仕方ねぇな、そのうち作ってやるからもう少し待ってろ」
「やった、楽しみにしてるからね」
「裏には何て書けばいい?、親父から愛羅武勇なんてどうだ!」
「ダメ!、何も書かないで!」
・・・
私は知っている・・・お父さんはあの日から少しずつ私の為にお家の工房であれを作っていたのを・・・。
夜中に灯りのついた工房で・・・大きな背中を丸めて作業しているお父さんはかっこよかった。
「完成する前に死んじゃうなんて、お互い運が無いなぁ」
ちゃりっ・・・
「でも生まれ変わった異世界でこれが貰えるなんてね・・・」
・・・
目が覚めて私はベッドから起き上がり魔導灯を起動する、どうやら眠ってしまったようだ、今は・・・夜中かな?。
・・・前世の事を思い出していたから変な気持ちだ、あの時の会話、お父さんの笑顔、作ってくれた卵焼きの味、タバコの匂い・・・鮮明に覚えているのにあれは今の私じゃない。
ベットから立ち上がり鏡の前に立つ・・・私の名前はヌコーニ・コヴァーン、アンブレラ王国筆頭貴族コヴァーン家の長女、高慢でわがままなお嬢様。
・・・という設定だ、前世の私、雁城真理は地味で目立たない女の子だった、少し跳ね気味の黒髪、黒縁メガネをかけた冴えない外見、読書とアニメ、映画鑑賞が趣味のオタクなインドア派・・・。
今鏡に写っている「私」は違う、お人形みたいに整った顔立ち、まっすぐに伸びる綺麗な銀髪に翡翠色の瞳、しかも家は大金持ちの大貴族!。
この恵まれた環境に転生したと分かった時は人生勝ったと思った!、前世でできなかった事を全部やろう、地味で冴えなかった前世とは全然違う人生を送るんだ!。
そう思ってこの性格を作り上げたのだ・・・これまで私の人生は順調だった、馬鹿な王子に目を付けられたし王子妃教育は大変だったけど私の経験値を何ランクも上げてくれた。
適当なところであのロリコンを見限って元王子妃候補というステータスを武器にお金持ちで優しい旦那様を捕まえる予定だ・・・。
政争を挑まれ悪評を流されているとはいえ私の家にはまだ金や権力がある、ロリコン王子は成長した私なんか眼中に無い筈だからそのうち向こうから婚約破棄してくれそうだ。
「お父さんにも会えたし私の人生はこの先も明るいのだっ!」
・・・
「・・・ふふっ」
鏡の前で腰に手を当てて拳を突き上げている自分の姿に思わず吹き出してしまった・・・何だよこれ、全然淑女らしくないし美少女なのに色々と台無しだ。
「・・・」
・・・っていうかあれは何?、あのいかつい親父が転生して可愛い女の子になってるなんて笑えない冗談だ!、口調まで変わってるしあんなの気付く訳がない。
でも今思えばそうじゃないかって思える事もあった、銀のアクセサリーを売り始めたと言って見せて貰った作品に胸がざわついた。
照れた時に首を触ったり笑う時に右の口元を持ち上げる癖、考えている事がポロッと口に出てしまうのもあの親父と一緒だ。
「あぁぁぁ!、私は明日からシーアさんにどんな顔して会えば良いのよ!」
今までの口調で・・・と話し合ったけれど上手くできる自信が無い、絶対不自然な会話になるに決まっている。
少女に偽装したシーアさんは私の一番の友人だしこれから先もずっと仲良しで居たい、あのシーアさんが消えてしまうのは絶対に嫌だ。
・・・
・・・
最初に会ったのは9歳の時、両親に特別なお洋服を作ってあげると言って連れて行かれたとあるお屋敷。
そこで私達を待っていた当主とその妻は最悪だった。
挨拶は丁寧だったけれど値踏みするような目で私達を舐めるように見ていた、そのいやらしさには私の両親も気付いていてその後の付き合いを絶った程だ。
「おっと、中庭に娘がいるね」
当主がわざとらしく外を見る。
「お話が長くなりそうですのでお嬢様は退屈でしょう、娘と遊んでいらしては?」
そう言って私を娘とやらに会わせようとする。
「お父様、少しお外に出ていますわ」
場の空気を読んで私は専属メイドのポーラさんと一緒に中庭へ向かった。
「ごきげんよう」
何をするでもなく中庭に佇む幼女に私は話しかける・・・死んだように暗く沈んだ瞳が印象的だった。
「・・・ごきげんよう、あなたは誰?」
「私の名前はヌコーニ、アンブレラ王国筆頭貴族コヴァーン家の長女よ」
「ぷっ」
「人の名前を笑うのは失礼ではなくて?」
ちょっと待って・・・何で私が名乗ったら笑われたの?。
王族や筆頭貴族の家名は幼い頃から叩き込まれて失礼の無いよう教育されるのがこの国の常識だし私も両親からそう教わった。
この国の常識・・・ではそうだけど私の前の人生で過ごしていた世界でこの名前は「猫に小判、ぬこに小判」というとても愉快な名前になる。
もしかして私と同じ日本からの転生者?。
「僕の笑いのツボに入っちゃったの」
「名乗る程の者ではありません」
次々と彼女の口から出て来るこの国ではまず使われない言葉・・・
屋敷の中に戻ったふりをして覗き見ていたら最後にサムズアップまで披露して無表情で感情を滅多に表に出さないポーラさんを笑わせてしまったのだ!。
間違いない、この幼女は元日本人だ。
私は帰りの馬車の中で酷く不機嫌な両親に中庭での出来事を話した、ちなみに彼等が不機嫌なのは私が居ない間にオースター家の人達と「色々な事」があったようだ。
「・・・ヌコーニちゃんと同じ「渡り人」の可能性があるわね」
お母様が驚いている、「渡り人」はとても珍しいと教わったから同じ世代で2人も誕生するのは異常なのだ。
「そうだな、その娘とは仲良くなったのかな?」
「・・・いえ、少し話しただけです、あとポーラさんを爆笑させていました」
「なんだと、ポーラさんを・・・笑わせたのか?」
驚いたお父様が耳を赤くして俯くポーラさんを見る。
中庭での事を思い出したのか私の隣に座っているポーラさんの肩が震え始めた。
「はい、どうやら笑いのツボに入ったようで」
「笑いの・・・つぼ?」
「あ・・・いえ、なんでもありません」
次に会ったのは王立学園の入学式・・・お父様はあの娘をそれとなく監視していたようだけど殆ど屋敷の外に出ないからオースター家での様子は分からない。
「強欲な両親だから娘が金になりそうだと分かれば動きがあると思っていたのだがな・・・人を潜り込ませて探った方が早いだろう」
そう言ってお父様はあの家に密偵のメイドを一人送り込んだ。
・・・
私は入学前に両親に付けて貰った取巻き令嬢3人を連れて学園を探し回った。
もちろんあの暗く沈んだ目をしたシーアという娘をだ・・・お父様によるとオースター家では淑女教育を一通り受けさせた後、殆ど放置されているらしい。
「そこの貴方!」
ようやく見つけたシーアさんは前に会った時と違って希望に満ちた表情をしていた・・・でも私が声をかけると一転して絶望的な表情をする・・・何でだよ!。
「初めましてコヴァーン様、僕・・・いえ、私はオースター家の次女シーアと申します」
私の事・・・顔や名前まで覚えているのにあくまでも初対面を装っているわ!。
「初めましてじゃないでしょ!」
「チッ・・・」
「舌打ちされましたわぁ!」
筆頭貴族家の令嬢であるこの私に舌打ち・・・面白いじゃない!、お父様からも気にかけて欲しいと言われているし、私の取巻きにしてやろう!。
「・・・」
「貴方面白いわね、私の取巻きに加えてあげるから感謝しなさい!」
「えぇ・・・それって僕に拒否権は・・・」
何でそんなに嫌そうな顔するのよ!。
「もちろん無いわ!」
こうしてシーアさんは私の取巻きとして一緒に行動するようになったのだ・・・。
・・・
コンコン・・・
がちゃ・・・
「あら、お嬢様、今日はお早いお目覚めで・・・」
「ポーラさん、おはよう・・・昨日の出来事がアレ過ぎて早く目が覚めちゃったわ」
「アレ過ぎ・・・ですか?」
ポーラさんが首を傾げた・・・朝日に反射してメガネが光る。
きっちりとまとめられた栗色の髪、通った鼻筋に薄い唇、乱れの全く無いメイド服、まるで医者か学者のような知的な雰囲気・・・それが私の専属メイド、ポーラさんだ。
普通主人はメイドに「さん」なんて付けない、でもポーラさんは「さん」付けで呼びたくなるのだ、これだけは譲れないしお父様達も私に影響されて今では「さん」付けだ。
「そう!、アレ過ぎ・・・驚き過ぎたって意味よ!」
「お嬢様はご自分でお着替えや身支度をされるのでお世話する者としましては張り合いがございません」
そう言ってポーラさんは朝食をテーブルに並べ始めた・・・見慣れたいつもの朝の光景だ。
もぐもぐ・・・
「ねぇ、ポーラさん」
私は朝食の目玉焼きをフォークで突きながらポーラさんに話しかける。
「はい、何でございましょう」
時々メガネの奥で光る肉食獣のような鋭い目が私は好きだ、スカートの中に武器を隠し持ってそうだけど聞く勇気は無い。
昔街に出た時、私に触れようとした薄汚い変態男の腕を一瞬で折ったから彼女は普通のメイドじゃ無い筈だ。
「シーアさんと普段通り話せるかなぁ」
そう呟いてカリカリに焼けたベーコンをナイフで一口サイズに切り分ける。
「ご本人は他人の目がある場所では今まで通り接すると言っておりましたが?」
「そうだね、私が考え過ぎてるだけだわ」
悩んでいても仕方ないか・・・私は今までわがままな令嬢を演じてきた、それを父親(幼女)の前でも演じ続ければいい。
「でも恥ずかしいわ!」
だんっ!
がちゃっ!
いけない、テーブルを叩いたからナイフが落ちた・・・と思ったら床に届く前にポーラさんが受け止める・・・動きが速過ぎて見えなかったよ!。
ポーラさんはナイフを手慣れた扱いでクルクルと回しながら目の前のお皿にそっと置く。
「・・・ありがとう?」
「どういたしまして?」
お父様は私が襲われた時、ポーラさんが側に居なかった事が悔やまれると言っていた、学園内はメイドの同行が禁止されているのだ。
学園が強固だと自慢する警備体制を信用して馬鹿正直に護衛を付けなかった為にシーアさんの左目が・・・。
あれからお父様は学園長と「お話」して私にスタン君を付けてくれた、他にあと2人ほど学園に潜ませているようだ。
そういえば最近上級生なのに私の近くをうろついている不良っぽい令嬢が居る・・・栗色の長い髪を靡かせて目が合うと誰彼構わず喧嘩を売っている問題児だ。
近付く者全員の命を刈り取りそうな殺気を放っているからお上品な令嬢達は誰も彼女に寄り付かない。
肉食獣のような獰猛な目つき、通った鼻筋に冷酷そうな薄い唇、口元にあるホクロの位置が・・・同じなんだよなぁ・・・。
「私の顔に何かついておりますでしょうか?」
ポーラさんが私の視線に気付いてしまった!。
「・・・今日の朝食、美味しかったわ!(ニコッ)」
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