001 - ぬこーにさまとしーあさん -
001 - ぬこーにさまとしーあさん -
「ヌコーニ、お前との婚約を破棄する!、この国の聖女であるホリーに対する陰湿ないじめの数々、もはや見過ごす訳にはいかない!」
ここは学園の中にある会場、今日は卒業式が開かれていて式典後の盛大なパーティには国王陛下や卒業生の親達が大勢参加している。
豪華なシャンデリアに照らされたテーブルには美味しそうな料理が並べられ、欲しいものを言えばすぐにメイドさんが取り分けてくれる・・・。
そんなパーティ会場の楽しい空気を台無しにする不穏な言葉を大声で叫んだのはフェリック・アンブレラ殿下・・・周囲に多くの属国を従える超大国、アンブレラ王国の王太子だ。
殿下は艶やかな黒髪の誰もが見惚れるような美形だ・・・婚約者の決まっていなかった入学当時は令嬢達の間で彼の目に留まろうと熾烈な争いがあったらしい。
今夜彼の隣に居るのはまだ幼なさの残る聖女様、ようやく膨らみかけてきた小さな胸を殿下に押し付けて泣いている・・・ように見えるけどあれは演技だろう。
「・・・」
たった今殿下に婚約破棄を突き付けられた令嬢は無言で殿下と向き合っている、この騒ぎの中で馬鹿息子の保護者である国王陛下は何をしているのか・・・。
僕は陛下が居るであろう場所に目を向けた。
「すんっ」
そんな擬音が聞こえてきそうなほど陛下からは表情が抜け落ちていた。
よく見ると身体が小刻みに震えている・・・近くに居る貴族達は怒りの矛先が自分に向かないよう距離を取り始めた。
僕の名前はシーア・・・今断罪されている王太子殿下の婚約者、ヌコーニ様の取巻きの一人だ。
王太子殿下による断罪劇はまだ続いている、聖女様に対して行った数々のいじめや嫌がらせの実態を自信満々で読み上げているのだけど話が長いので眠くなってきた。
「ふわぁぁ・・・」
思わずあくびをしてしまった・・・それに気付いた殿下が僕を睨む。
勝利を確信したのか、涙目で殿下の腕に縋り付いていた聖女様も饒舌になった。
「シーア様も酷いですぅ!」
僕を指差して非難する、全く記憶に無いけれど僕も聖女様をいじめていたようだ、そこで止めておけばいいのに勢い余って話題が僕の容姿に関する事にまで及んでしまった。
ピキッ・・・
今まで何を言われても平然としていたヌコーニ様がキレた、高位貴族の令嬢がしていい顔じゃなくなっている!。
このまま殿下がヌコーニ様に婚約破棄を宣言して断罪を終えたら筋書き通り全て丸く収まるのに、僕があくびをしてしまったせいで計画が狂い始めたようだ。
「ヌコーニ様、落ちついて・・・」
そう言いかけた僕を残して1歩、また1歩と聖女様に近付くヌコーニ様・・・こうなってしまうと彼女は押さえが効かない。
目立つのは嫌だけどヌコーニ様が聖女様を殴り倒して処罰されるなんて事になったら大変だ、僕は仕方なく背後から彼女の首に腕を回して・・・。
がしっ!
「・・・っ!」
きゅっ
ガクッ・・・
締め落とした・・・
「ヌコーニよ!、お・・・お前は罰として国外追放とする!」
僕に落とされて白目を剥いているヌコーニ様に向かって殿下が高らかに国外追放を告げた。
・・・
・・・
これは王立の名門学園で起きた王太子殿下による愚かな断罪劇として人々の記憶に長く残っている事件だ・・・。
初めて彼女に会ったのは9歳の時、僕が住んでいるオースター家の王都邸に両親と一緒にやって来た。
「ごきげんよう」
透明感のある綺麗な声で僕に話し掛ける幼女・・・高価そうな服を着ていて信じられないくらい顔が良い。
「・・・ごきげんよう、あなたは誰?」
「私の名前はヌコーニ、アンブレラ王国筆頭貴族コヴァーン家の長女よ」
そう言って胸を張る彼女の後ろには有能そうなメイドさんが控えている。
「ぷっ」
「人の名前を笑うのは失礼ではなくて?」
幼いながらも整った彼女の顔が怒りで歪んだ、幼女でも筆頭貴族家のお嬢様だ、怒らせると面倒な事になるだろう・・・僕は慌てて言い訳をする。
「別に貴方のお名前を笑ったわけでは・・・」
「嘘、確かに私の名前を聞いて笑ったわ!」
怒った顔も可愛いな畜生。
「・・・ごめんなさい、僕の笑いのツボに入っちゃったの」
「笑いの・・・ツボ?」
僕が謝った事で少し怒りが和らいだようだ、首を少し傾げて僕を見ている。
「気にしないで・・・それで、ヌコーニ様?はどうしてこんな場所に来たの?」
こんな場所というのはオースター家の中庭だ。
整備されてはいるものの屋外だから虫は普通に居るし今日は日差しが強いからお肌にも悪い、令嬢が好んで足を運ぶ場所じゃない。
僕はといえば今日この時間、中庭に立っていろと両親に言われたからここに居る。
同じくらいの年齢の彼女と引き合わせて仲良くなれば家の利益になると考えたのだろう、相変わらず人を便利な道具としか見ていないようで吐き気がする。
「お父様とお母様が珍しい生地を使って新しいドレスを作ってくれるのよ、長いお話が続いて退屈してたら窓の外に貴方が見えたの」
「へー」
僕の家は貴族家ながら商売も手広くやっている、うちの商会が独占的に扱っているシルバースパイダーの糸を使った生地を買いに来たようだ。
希少な生地を餌に筆頭貴族であるコヴァーンの人間を家に招く・・・見栄っ張りな僕の両親が考えそうな事だね。
ヌコーニお嬢様は僕の素っ気ない反応がお気に召さないようで頬を膨らませて不機嫌そうだ。
「私に名乗らせておいてその態度は何?、貴方の名前を教えなさいよ!」
確かに自分の家より高位の人間に名乗らせて黙っているのは失礼だ、でもこの面倒臭そうなお嬢様に名前を覚えられるのも嫌だな。
「名乗る程の者ではありません」
「ぷっ・・・こほっ・・・おほんっ!」
僕の不意打ち的な発言を聞いてヌコーニお嬢様の後ろで控えていたメイドさんが吹き出した、咳払いして誤魔化そうとしたけどお嬢様にはバレたようだ。
「・・・」
馬鹿にされたと思ったのかお嬢様が涙目で僕を睨んでいる。
「あ・・・貴方の顔は覚えたわ!」
悪役の捨て台詞みたいな事を叫んでヌコーニお嬢様は中庭から出て行った、あそこから家の中に入るとすぐに客間があるから両親のところに戻ったのだろう。
メイドさんはまだ肩が小刻みに震えてる。
「ぶふぉっ!・・・あぅ」
僕に頭を下げて立ち去ろうとしていたから満面の笑みで親指を立てると限界を超えたのか鼻水を吹き出した。
「大丈夫ですか?」
僕はメイドさんにハンカチを差し出した。
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