第8話
剣術大会の告知が出たのは、入学から一ヶ月後だった。
学園の中央掲示板に張り出された羊皮紙を、リリスは朝の人混みの中で確認した。
『第二十三回 学園対抗剣術大会』
個人戦と団体戦に分かれており、申込期限は三日後。
出場者リストは、申込終了後に別途掲示されるとある。
リリスは踵を返した。
三日後、リストが出た。一番上から順番に確認した。
四行目に、あった。
「ルッツ・ヴァン・アードラー」
リリスは掲示板の前で三秒間、動かなかった。
そして静かに、くるりと踵を返した。
(出るのか)
廊下を歩き始めながら、内心では早くも計算が始まっていた。
(大会は十日後。観覧席は一般開放。応援する側に制限はない。つまり、応援できる)
(応援する。する。絶対にする。問題はグッズだ)
問題は、日本の応援グッズをそのまま持ち込むわけにはいかない点だった。
前世の記憶の中にあるペンライトやうちわは、明らかに異世界のものではない。
目立つ。説明がつかない。
(ここで手に入る素材で作るしかない)
リリスの頭の中で、前世のオタク時代の記憶が素材を提供し始めた。
ライブ会場の手作りうちわ。
材料費を節約するために百円均一の素材で作ったペンライト代わりの光るスティック。
コツはある。
問題は、この世界で代替素材を調達できるかどうかだ。
その日の午後から、素材調達が始まった。
まず、光る苔。
学園の北側の壁面に、夜間に淡く発光する苔が生えていることをリリスは以前から知っていた。
採集は簡単だった。
次に、魔石の粉末。
学園の実習室には魔道具の修繕に使う魔石の砕けたものが廃棄箱に入っていた。
許可を取って分けてもらった。理由は「実験のため」嘘ではない。
端切れは購入した。木材は廃材置き場から適切なサイズのものを選んだ。
夜、自室のランプの下で作業を始めた。
まず光るスティックの試作から。
竹ひごの代わりに細い木の棒を使い、外側に苔を張り付けて魔石の粉末を溶かした水で固める。
乾燥させると、薄く発光した。
「……光った」
思わず声に出た。
蛍よりも明るく、ランプより柔らかい、青白い光だった。
暗くすると、はっきり視認できる。
試しに軽く振ってみると、軌跡が残るように見えた。
(いける)
次はうちわ。
木材を薄く削って骨格を作り、端切れを張り、縁をかがり縫いで整える。
布は選んだ。
目立つ色、視認性が高いもの。
学園の購買で売っている布の中に、濃い紺色のものがあった。
対面から見た時の視認性が高い。
うちわの表面に何かを書こうとして、手が止まった。
(名前は書けない。「ルッツ」と書いたうちわを持ち歩いたら説明に困る)
代わりに、アードラー家の紋章を調べた。
公爵家の紋章は公開情報だ。
鷲をかたどった意匠。それを布の上に細かく刺繍した。
一針一針、丁寧に。
母から受け継いだ刺繍の腕が、こんな形で役に立つとは思っていなかった。
(でも、いい。使えるものは何でも使う)
夜が深くなるにつれて、作業は進んだ。
スティックを五本作り、うちわを二枚仕上げた。
試しに部屋の灯りを消して、スティックを振る。青白い光の弧が宙を流れた。
リリスは暗闇の中で、一人でそれを眺めた。
(久しぶりに、夜が怖くない)
前世以来、何かを楽しみにしながら夜を過ごしたことがなかった。
正確には、この世界に転生してからずっと、「次の日が来ること」に対して何かを期待する余裕がなかった。
今は違う。
十日後に大会がある。推しが出る。応援できる。
それだけで、眠れる気がした。
ランプを消した。
青白い光だけが残る部屋の中で、リリスはそっと目を閉じた。




