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第6話



 王立ライヒス学園の正門をくぐった瞬間、リリスは冷静に思った。



(広い)



 石造りの正門から続くエントランス広場は、ローゼンハイム家の屋敷の庭の数倍はあった。


噴水を中心に回廊が伸び、石畳の上を白い制服の学生たちが行き交っている。


貴族の子女が大半だが、平民出身のスカラシップ生も混じっている。


声の高さと足の速さだけが、各人の緊張をまちまちに示していた。



 リリスは群れからは少し外れて、入学の手続き書類を確認しながら歩いた。



 カトレアが「学費がもったいない」と父に告げかけた場面があったが、ローゼンハイム家から学園に入学しない令嬢は家格を疑われる。


さすがにそれは通らず、リリスは今日ここにいる。



(とにかく、成績を出す。奨学金の枠を取る。そして早々に、自立の道筋をつける)



 廊下に入り、掲示板でクラス配置を確認した。


「第二組」


進みながら周囲を観察する。


石造りの廊下に並んだ窓は、外の緑を切り取る額縁のようだった。


清潔で、整然としていて、リリスがこれまで暮らしてきた屋敷の薄暗さとは別世界だった。



 次の角を曲がった瞬間だった。



 廊下が、静かになった。



 正確には、先ほどまで談笑していた生徒たちの声が、自然に収まったのだ。


誰かが制止したわけでも、声を上げたわけでもない。ただ、空気が変わった。



 リリスは顔を上げた。



 向こうから歩いてくる人物がいた。



 背が高い。肩幅が広い。制服は同じ深緑だが、まとっている空気が他の誰とも違う。


黒に近い、深みのある髪。


彫刻師が丁寧に削り出したような顔立ち。


しかし何より目を引くのは、その眼だった。



 金色に近い、琥珀の瞳。眼差しが、鋭い。


周囲を映しているのに、何も見ていない――いや、正確には、脅威かどうかの判定だけをしている眼だ。


軍人の眼。あるいは獣の眼。



 周囲の生徒が自然に道を開ける。


その人物はそれに気づいていないのか、気にしていないのか、歩みは変わらない。


まっすぐに、ただ目的地へ向かって進んでいる。



 その眼が、リリスの上を通り過ぎた。



 リリスは動かなかった。



 道を開けなかった。



 その人物の視線が、一瞬だけ止まった。



 すれ違いざま、その琥珀の瞳が一瞬だけリリスの目を捉えた。


一秒にも満たない、わずかな時間。しかし確かに、「見た」。



 そのまま、通り過ぎた。



 ざわめきが、戻ってきた。



「……今、道を開けなかったよ、あの伯爵令嬢」


「アードラー卿に?」


「信じられない、度胸があるのか度胸がないのか」


「顔、青くなってなかったの?」



 囁き声の中でリリスは歩き続けながら、内心だけが嵐になっていた。



(ッ――今の人が「狂犬」の、アードラー……!?)


(いや、まず、顔面が)


(反則です)


(誰があんな顔を許可した。神様に許可証を見せてほしい)


(でも確かに「狂犬」だ。あの目つき、あの圧、周囲が自然に退く理由がわかる。これはコンテンツとして本物だ)


(でも待って、推しの基準はビジュアルだけじゃないから。性格が伴わないと推しにはならないから)


(……でも、あのビジュアルで武門の天才で文武両道で魔獣使いって、どういうことですか)



 教室の前に着いた。



 リリスは扉に手をかけた。深呼吸した。



(落ち着け。ただの同級生だ。推しかどうかの判定は、もう少しデータを取ってからにする)



 扉を開けて、中に入った。



 無表情のまま、窓際の席へ進んだ。



 外からは見えない場所で、まだ心拍が落ち着いていなかった。



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