第5話
十六歳の春、前日。
学園の制服は三ヶ月前に届いていた。
深緑のジャケットに白いブラウス、クリーム色のスカート。
ローゼンハイム家の紋章が胸に刺繍されている。
丁寧に手入れして、衣装入れに吊るしてあった。
リリスは今夜も、日本の古本屋で買った週刊誌を読んでいた。
前世に好きだったアイドルグループの特集号。
ライブの写真、インタビュー、メンバーの私服スナップ。
ページをめくるたびに、懐かしさと少しの寂しさが交互に来る。
推し活、という言葉を思い出した。
前世では、それが生活の中心にあった。
贔屓のグループのライブに行き、グッズを集め、遠征して、ブログに感想を書いた。
推しが元気だとこちらも元気になれた。
推しが悩んでいると自分まで眠れなくなった。
馬鹿げていると言えば馬鹿げているが、あれほど自分を動かしてくれるものは他になかった。
(そういえば、この世界に転生してから、誰かを「応援する」気持ちを持てたことがなかったな)
ただ、生き延びることに精一杯だった。
週刊誌を閉じて、ランプを吹き消そうとした時、窓の外から使用人の声が聞こえた。
離れに住む年配の下男と、厨房女中が話している声だ。
「……明日から学園か。お嬢様も大変だな」
「でも今年の新入生、なかなかの顔ぶれらしいわよ。アードラー公爵家の三男も入るんですって」
「ああ、あの『狂犬』か」
「狂犬って言い方、ひどいわ。でもまあ……確かに、あのお方は近寄りがたいらしいわね。美形なのは本当みたいだけど。目つきが怖いって、もっぱらの噂よ」
「武門の天才だとも聞いたぞ。魔獣使いで、単騎で魔獣の群れを蹴散らしたとか」
「まあ!」
声が遠ざかった。
リリスは暗い天井を見上げていた。
(……「狂犬」。美形で、武門の天才で、魔獣使い)
脳内のどこかで、前世由来の「コンテンツセンサー」が反応した気がした。
(……それ、キャラクターとして強すぎでは)
すぐに打ち消した。
(別に。ただの噂だ。人は噂ほど極端じゃない)
ランプを消した。
暗闇の中で、リリスは目を閉じた。
しかし、眠りに落ちる寸前、もう一度だけ頭の片隅がちかりと光った。
(……明日、もしかしたら見かけるかもしれない)
その思考を、自覚した瞬間に蓋をした。
理由は自分でもよくわからなかった。




