表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/40

第36話



 ゲスナーが動いたのは、公証人の書類を送ってから十日程経ってからだった。



 武装した男が五名、夜に東の山へ向かうのを村人が目撃すると、翌朝には山の入口に立てられていた境界杭が三本、引き抜かれていた。



 ルッツがそれを確認した時の眼は、静かで、冷たかった。



「行く」


「待ってください」


「これ以上待つ理由がない。向こうが動いた」


「記録を」


「取った」



 ルッツが淡々と言言い放つ。



「境界杭の状態の記録も、村人の証言の記録も、昨夜のうちに取った。書類はお前の机の上にある」



 リリスは一瞬止まった。



「……いつ」


「夜中に目が覚めた時、これが来ると思った。だから準備した」


(準備した)



 リリスが教えたことを、ルッツが実行している。



「王都への報告書も書いておいた。確認してくれ」


「……確認します」


「俺はフェンとリルを連れて、山へ行く。向こうが五名なら、数の問題はない」


「ゲスナー子爵の私兵なら、正当防衛の範囲内です」


「わかっている」


「怪我はしないでください」



 ルッツが少し止まり。



「……その心配をするか」


「します」


「なぜ」


「大切な人が怪我をしたら、困るので」



 ルッツが、リリスを見て、何かを言いかけ、やめた。



 代わりに、手を伸ばす。



 リリスの頭の上に、一瞬だけ手を置くと、重さがあり温かかった。



「待っていてくれ」


「はい」



 ルッツが出ていきフェンとリルが続く。



 リリスは机の前に座り書類を確認しる。


ルッツが書いた報告書は、事実だけが簡潔に記されていた。


日付、場所、被害の内容、証人の名前。



(学んでくれたのかな)



 裏庭での会話を思い出した。


「記録は次の計画の素材だ」と言ったのは、リリスだ。


それをルッツは、こういう形で使ってくれた。



 夜が深くなっていく。



 リリスは王都への追加書類を書き始める。


ゲスナーの一連の妨害行為の記録、法的根拠の整理、今後の裁定を求める請求書。



 書きながら、耳を澄ませると遠くから、フェンの咆哮が一度だけ聞こえた気がした。



 遠吠えも、何も聞こえず静寂だけが支配する。



 そんな中、唐突に玄関の扉が開いた。



「終わった」



 ルッツだった。


傷はなく、服に汚れはあるが、血ではない。


フェンとリルがすり抜けるように先に入ってきた。



「全員を確保した。怪我人はいない。縛って村の入口に置いてきた。王都の衛兵が来るまで、村人に見張りを頼んだ」


「証言は取りましたか」


「クラウスに頼んだ。書類にまとめてある」


「ありがとうございます」


「報告書は書けたか」


「はい。明朝、王都に送ります」


「わかった」


 ルッツが椅子に座りフェンが隣に転がった。


 しばらく、二人は黙っていた。



「……疲れましたか」


「いや」


「何か食べますか」


「もう夜中だろう」


「非常用の食料がありますよ?以前お渡しした物なら」



 ルッツが少しの間を置いてから。



「……食べる」



 リリスが棚から二本取り出して、一本を渡すとルッツが受け取りゆっくりと食べはじめる。



「これは本当に、不思議な食べ物だな」


「……美味しいですか」


「不思議な味だが、悪くない」



 沈黙が戻ってくる。



 今度は、穏やかな沈黙だった。



「怖かったか」



 ルッツが尋ねると。



「……少し」


「次からは、一人でいるな」


「次はそうします」


「次でなく、いつも」


「……わかりました」



 フェンが大きな欠伸をしリルが丸くなった。



 窓の外に、夜明けの気配が見え始める。



 リリスは書類を脇に置いた。



 ルッツはまだそこにいた。



 二人と二頭が、静かに夜明けを待った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ