第33話
ゲスナーとの正式な交渉の場は、一ヶ月後に設定された。
場所はローデン旧領の館。
ゲスナー側の代理人が二名、ルッツとリリスの側に、王都から呼んだ法律の専門家が一名。
ゲスナーは直前になって「代理人を送る」と連絡を寄越し本人は来無いとの事だった。
(つまり、正式な交渉と思っていない。まだ探りを入れている段階だ)
代理人は三十代の男性二名。
持参した書類をリリスが確認すると、測量図の写しと水路工事の許可書が入っていた。
「これが、ゲスナー子爵が主張する根拠です」
代理人の一人が口を開く。
リリスが書類を受け取り、一枚ずつ確認していく。
「測量図の日付が、百二年前です」
「はい」
「こちらが王都の公文書館から取り寄せた百二十年前の測量図です。境界線の位置が異なっています」
「……それは、測量のやり直しが行われた後の図かと」
「やり直しの記録は公文書館に残っていますか」
「……調査中です」
「こちらで確認したところ、該当期間の測量記録は存在しません。つまり、この測量図は公的に認証されていない可能性が高い」
法律の専門家が、リリスのノートを見ながら改めて確認をする。
「水路の許可書は」
「こちらです」
「日付が、六十八年前ですね」
「はい」
「水路権の記録は七十年前です。こちらの許可書は、既存の水路権に対して後から作られた書類ということになります。許可書の発行者はどなたですか」
「……当時のゲスナー子爵が……」
「水路権を持つ側が、相手の許可書を自ら発行したということでしょうか」
代理人は沈黙するしかなかった。
リリスは書類をテーブルに並べると。
「整理します。王都の公文書によれば、当該水路はローデン男爵領の農業用水として七十年前に設けられたもので、ゲスナー子爵領への転用は記録上存在しません。百二十年前の測量図では、東の山林はローデン男爵領に属します。ゲスナー子爵が提出された書類は、いずれも王都の公文書と整合しない点があります」
「……」
「ゲスナー子爵にお伝えください。水路権の回復と、山林帰属の確認について、王都の公的機関を通じた正式な解決を求めます。私的な交渉ではなく、公式の手続きで対応していただきたい」
代理人が静かに顔を見合わせた。
「……持ち帰らせてください」
「もちろんです。ただし、水路の問題は冬前に解決が必要です。今年の農作に間に合わせるためです。期限をいただけますか」
「……一ヶ月で」
「ありがとうございます」
代理人が帰った後、ルッツがようやく口を開く。
「見事だった」
「書類で戦っただけです」
「それが、お前の武器だ」
「ルッツ様の剣と、私の書類と、フェンとリルの圧力と。三つ揃っています。負ける気がしません」
ルッツが少し笑う。
「フェンとリルは、ただいるだけだがな」
「それが一番効いています。代理人たちの目が、ずっとフェンを追っていましたから」
フェンが客間の隅で、のんびりと欠伸をするのを見て全員が、少し笑った。




