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第32話



 ゲスナーへの牽制が済んだ後、リリスは領地の経済を立て直すという本来の仕事に戻った。



 まずは現状把握から始めた。


村全体の農地面積。


現在の耕作者数と放棄地の割合。


水量の季節変動のデータ。


村人の職種と年齢構成。


二週間かけて、すべての数字を集める事ができた。



 数字が揃うと問題の輪郭が見える。



 水不足は確かに深刻だが、農地のすべてが被害を受けているわけではない。


上流側の一部の畑は、まだ十分な水を得ている。


問題は、その水を効率よく分配するシステムがないことだ。



 また、木材の切り出しは、山の帰属が確定すれば収入源になる。


現在は「ゲスナーから文句を言われるから手をつけていない」状態だ。



 そして、もう一つ。



 リリスは村を歩いていて気づいた。



 村の東端に、使われていない小屋が並んでいる。


聞くと、かつては染色の工房だったという。


十五年前まで、この地区は特産の藍染めで知られていたが、ゲスナーによる水路の妨害と、染料の原料となる藍草の栽培放棄によって廃れてしまったとの話だった。



(藍草は水をそれほど使わない。比較的乾燥した土地でも育つ)



 前世の記憶が動いた。


少ない初期投資で始められる産業、かつ付加価値が高いもの。


藍染めの布は、王都市場では高値で取引される。



 リリスはカスパー村長に会いに行った。



「藍染めを再開できる職人は、まだ村にいますか」


「……老人が何人かおります。マルガという女性が、一番腕が良かったのですが、もう七十を過ぎていて」


「お話を聞かせていただけますか」



 マルガという老女は、村の外れの小さな家に一人で住んでいた。



 リリスが訪ねると、老女は用心深い目でリリスを見た。



「また領主から何か言いに来たのかい」


「いいえ。藍染めのことを教えていただきたくて来ました」


「教えて、どうする」


「再開できるか検討しています。無理に再開させるつもりはありません。ただ、可能性があるなら知りたいのです」



 老女がしばらくリリスを見て口を開く。



「水がないのに、藍が育つかい」


「藍草は麦より乾燥に強いはずです。計算では、現在の水量でも一定の栽培は可能です。ただ、私の計算が正しいかどうか、実際に育てた経験がある方に確認していただく必要があります」


「……計算、ねえ」



 老女が、初めて眼の奥を少し緩めると。



「その計算とやらを、見せてみなさい」



 リリスはノートを開き数字を並べた説明を始める。



 老女が黙って聞いてくれた。


途中で「それは違う」と言ったのが二箇所あったが、リリスは「どこが違いますか」とその場で尋ねると老女は教えてくれ、都度、リリスは書き直した。



 一時間後、老女が言った。



「……もしかしたら、できるかもしれない」


「ありがとうございます」


「でも、工房の道具が残っているかどうか……」


「工房の棚卸しを、一緒にしていただけますか」



 老女が立ち上がり杖をついて、歩き始めた。


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