第3話
翌朝、リリスは屋敷の中を注意深く観察した。
使用人に気づかれないよう、倉庫や廊下の隅に目を向けながら歩く。
探しているのは「換金できそうなもの」だ。
前世のOL時代、リリスは質屋を使ったことがあった。
引越しの際に不要になった本や家電を売りに行ったのだ。
買取の基準は「希少性」と「状態」と「需要」。
それが査定の基本だとぼんやり知っていた。
問題は、今手元にあるものが何かだった。
母の刺繍枠は売れない。
人形はすでにマリアに渡した。
自室に残っているものといえば、古い本と、着古した衣類と――庭で拾ってきた、鉱石の欠片がひとつ。
使用人が庭仕事の最中に「邪魔だ」と投げ捨てていったものだ。
青紫色に輝く、親指の爪ほどの石。綺麗だと思って拾っておいた。
昨日の感覚を思い出しスキルを発動した。
今度は扉ではなく、部屋の隅に違う空間が現れた。
入口は扉のままだが、中は昨日の定食屋と違う。
窓のない、無機質な小部屋。
白い壁。机が一つ。引き出しが付いた、古い事務机。隣には小型の印刷機が置かれていた。
査定ルーム、とリリスは内心で名付けた。
机の引き出しを開け、鉱石の欠片を入れた。閉める。
しばらくして、印刷機が動いた。レシートのような細長い紙が出てきた。
日本語で、書いてあった。
『査定品目:アズライト原石(未処理)品質:A 推定市場価格:三万二千円~四万円(現代日本鉱物市場基準) ※未処理のため加工価値は含まず 署名欄:_____』
三万二千円。
リリスは目を丸くした。
(……庭に捨ててあったやつが?)
署名欄に名前を書いた。
もう一度引き出しを開けると、紙幣と硬貨が入っていた。
日本円で、三万四千円分。
「……」
しばらく、呆然と手の中の紙幣を見つめていた。
やがて、ゆっくりと笑みが浮かんだ。
(使えるものは何でも使う。これが私の路線だ)
その日から、リリスの生活は変わり始めた。
換金できるものを探すのが日課になった。
庭の土の中に埋もれた鉱石の欠片、使用人が処分した古い魔道具の部品、倉庫に積み上げられた年代物の書物の一部(希少本と判定されたものだけ)。
査定ルームに持ち込み、レシートを確認し、価値があるものだけ署名して換金する。
価値がなければ品物が戻ってくる。
日本円が貯まれば、定食屋に行った。
腹が満たされると、頭が動いた。
頭が動くと、考えた。
三枝子さんの店には古本屋の帰りに寄っていた記憶があった。
定食屋の近くにあった古書店。
前世では何度か入ったことがある。
スキルで行ってみると、確かにそこにあった。
簿記の入門書を買った。
経営学の基礎書を買った。
前世の記憶で日本語は読める。
ファンタジー世界の令嬢が、薄暗い部屋で日本語の本を読んで独学するという、なかなかに奇妙な光景だったが、そんなことを気にする余裕はなかった。
やるべきことが、できた。
三ヶ月後、帳簿をつけることを覚えた。
そしてある晩、ふと気づいてしまった。
実家の家計簿――カトレアが父に見せていた書類の数字が、実際の支出と合わない。
(……誰かが、金を抜いている)
リリスは新しい帳簿を一冊用意し、表紙に何も書かずに棚の奥に仕舞った。
これが「裏帳簿」の始まりだった。




