第28話
辞令が出たのは、婚約発表から三ヶ月後のことだった。
アードラー公爵に呼ばれた時、ルッツはすでに内容を知っている顔をしていた。
「北東の国境に近い、ヴァルト辺境伯領の一画を任せる。かつてはローデン男爵が治めていたが、昨年から空き地になっている」
空き地。
リリスは頭の中でその言葉を転がした。
「空き地、というのは」
「前任者が任を放棄して王都に逃げた。理由は複数あるが、主なものは三つ。隣接するゲスナー子爵領からの圧力、慢性的な水不足、そして前任者自身の放漫経営による財政崩壊だ」
つまり、問題が三つある。
リリスは頭の中で慌ただしく整理を始めた。
「領民は?」
「約二百世帯。農業が主産業だが、今は疲弊している。税収はほぼない」
「前任者の帳簿は残っていますか」
「残っていない。持ち逃げした可能性がある」
「……なるほど」
なるほど、というのは、状況が把握できた、という意味で感嘆でも絶望でもない。
「なぜ私たちに」
リリスが聞くと、公爵がわずかに眉を上げ、ルッツではなく、リリスが聞いたことに対して。
「ルッツの武力と、お前の経営知識が、この領地に必要なものだと判断した。それだけだ」
「承知しました」
「いつでも出発できるか」
「一週間いただければ、準備します」
公爵が短く頷いた。
廊下に出ると、ルッツが尋ねてきた。
「怖くないのか」
「何が」
「問題が三つある。水と、隣の領主と、帳簿がない」
「帳簿がないなら、一から作ればいい。水の問題は現地を見なければわからない。隣の領主の件は、まずどういう人かを知ることが先ですかね」
「……相変わらず、順番が早い」
「ルッツ様こそ、なぜ穏やかそうなのですか」
「問題がある場所の方が、やりがいがある」
リリスは少しの間、ルッツを見た。
「……同じ考え方ですね」
「そうか?」
「はい」
ルッツが短く、小さく笑い、リリスの胸の中で、何かが静かに揺れた。




