第27話
正式な婚約の発表は、アードラー家主催の夜会で行われた。
公爵が近隣の貴族を招いた場で、ルッツが立ち上がり、リリスを隣に呼ぶ。
「リリス・フォン・ローゼンハイムを、正式な婚約者として発表する」
短く、静かに。
会場がざわめいた。「没落伯爵家の娘が」という声が、ここでも聞こえる。
リリスは動じず、ルッツが続けた。
「この半年、リリスはアードラー領の財務改善を行い、物流改革を提案し、実績を出した。彼女の能力を疑う者は、数字を確認すればいい。数字は嘘をつかない」
会場が、また静まった。
リリスは、その言葉を聞きながら。
(私が言った言葉を、覚えていたのか)
(「数字は嘘をつかない」)
卒業パーティの夜に、カトレアに向かって言った言葉。
それをルッツは覚えていて、今夜、別の場所で使ってくれた。
胸の中が、静かに揺れる。
夜会の後、2人だけで裏庭に行った。
フェンとリルが月明かりの中で転がり、ルッツがその隣に立っていた。
「改めて、申し込む」
「……はい」
「今日は準備をした」
「何を準備したのですか」
「言葉を」
ルッツが、リリスに向き直る。
「お前は、俺が知らないものを持っている。俺が思いつかないことを考える。それが好きだ。それだけじゃなく、俺の隣にいる時間が、今まで一番落ち着く」
「……」
「俺は、お前のことが好きだ。それを伝えたかった」
シンプルな言葉だった。
飾りも、修辞も、回り道もない。
ただ、真っすぐな言葉だった。
リリスは少しの間、答えられなかった。
月が、裏庭の石畳を照らし、その傍でフェンが寝返りを打った。リルが短く鳴いた。
「……私も、好きです」
リリスが言う。
「声が小さい」
「……私も、好きです」
「もう一度」
「うるさいです、ルッツ様」
ルッツが、短く笑った。
今夜で二度目の、笑顔だった。
リリスは月を見上げた。
胸の中が温かくて、少し泣きそうになるが泣かなかった。
ただ、月が少しだけ滲んで見えた。
(推しに告白された。推しに「好きだ」と言われた)
(これは、夢じゃないのか)
(……夢じゃない。ここは夢じゃない)
リリスは月から視線を戻すとルッツがまだそこにいた。
それが、答えだった。




