第25話
ルッツが騎士団に入団したのは、婚約の話から一ヶ月後だった。
出立の朝、まだ日が出ていなかった。
アードラー家の玄関前に馬車が停まり、公爵と兄たちが見送りに出た。
フェンとリルは大きな声で鳴いていた。
行くな、と言っているようだった。
ルッツがフェンの頭を撫でて、リルの耳を引っ張って、それぞれに何か低い声で話しかけていた。
リリスは少し後ろに立っていた。
見送りの輪に入っていいかどうか、迷っていた。
家族の場面だ。自分はまだ、正式な婚約者でもない。
ルッツが振り返った。
「リリス」
「はい」
「何かあれば、父か兄たちに言え。俺には手紙で」
「わかりました」
「フェンとリルの餌は、いつも通りで頼む。量は増やさなくていい。太る」
「了解しました」
「帳簿の整理は、急がなくていい。ただし、何か気になる数字があれば報告してくれ」
「はい」
「……あと」
ルッツが一拍置いた。
「半年、待っていてくれ」
それだけだった。
言葉の重さが、石畳の上に静かに落ちた。
「……はい」
リリスが答えた。
ルッツが馬車に乗り込んだ。
扉が閉まり馬車が動き出す。
フェンが追いかけようとして、カールに首輪を掴まれた。
リルが地面に伏せて、低く唸り続けた。
リリスは馬車が角を曲がって見えなくなるまで、そこに立っていた。
(半年)
六ヶ月。百八十日。
(やることは、たくさんある)
フェンが唸るのをやめて、リリスの方を向いた。
慰めを求めているのか、それとも慰めようとしているのか、判然としなかった。
リリスはフェンの頭に手を置いた。
「ご飯の時間になったら呼びに来ますね」
フェンが低く「くぅ」と言った。
リリスは屋敷に戻った。
今日も、書類室がある。
半年後に、見せるべき実績がある。
歩き始めると、足に自然と力が入った。




