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第23話



 リリスに正式に話をしようと決めたのは、ある夜のことだった。



 フェンとリルが先に眠っている。


部屋の中は静かで、外から風の音だけが聞こえていた。



 ルッツは書きかけの手紙の前に座っていた。


騎士団への提出書類だ。


入団後の配属希望を記す欄がある。


希望は国境警備か魔獣討伐隊。どちらも前線だ。



 その書類を書きながら、ふと気づいた。



(前線に行けば、半年は戻れない)



 今まで、それが問題だと思ったことはなかった。


家族はいる。兄たちがいる。


しかし何かが「気になる」という感覚は、今まで任務に対して持ったことがなかった。



 今は、違う。



(リリスが、いる)



 三年間の裏庭を思い出した。


計算書を広げて向かい合った日々。


彼女が言葉を選ぶ時の間の取り方。


ジャーキーをフェンとリルに渡す時の、わずかな顔の変化。



 それだけで、胸の中に何かが熱くなる。



(これが何かは、わかっている)



 ルッツは嘘をつかない。自分に対しても同じだ。



 翌朝、書類室の前でリリスを待った。



 リリスが書類を抱えて廊下を歩いてきた。ルッツを見て、少し足が止まった。



「……おはようございます。何か」


「話がある」


「はい」


「今日の午後、時間を作れるか」


「書類の作業があります。急ぎでなければ夕方以降なら」


「夕方でいい」


「わかりました」



 それだけで終わった。



 その間、リリスの表情は変わらなかった。


変わらなかったが、廊下を歩いていく後ろ姿が、わずかに速くなった気がした。



 気のせいかもしれない。



 でも、ルッツはそれを確認しなかった。確認しなくても、良かった。



 夕方、裏庭に来た。



 二頭はいつも通り、先に来ていた。


リリスがジャーキーを出す前にフェンが催促していた。



 リリスがジャーキーを渡して、手を拭いて、ルッツを見た。



「話というのは」


「俺と婚約してくれ」



 一秒の沈黙があった。



 リリスが動かなかった。



 フェンが石畳に寝転んだ。



 また一秒。



「……今のは、正式な申し込みですか」


「そうだ」


「その……もう少し、前置きとか」


「何が必要か」


「い、いえ……」



 リリスが視線を逸らした。


珍しいことだった。ルッツとの会話で、リリスが視線を逸らすのを見たことがなかった。



「理由を聞くか?」


「聞かせてもらえますか」


「お前といると、俺が知らない世界が増える。兵站の話もそうだ。物の見方が広がる。それが好きだ」


「……それは、知識の話ですか?」


「最初はそうだった」


「最初は?」


「今は違う」



 リリスがまた視線を外した。今度は少し長かった。



「……では聞きます。今は、何ですか」


「お前がいないと、裏庭が静かすぎる」



 ルッツはそれだけ言った。



 飾らなかった。


飾る言葉を、ルッツは持っていない。ただ、正直に言った。



 リリスが長い沈黙の後、口を開いた。



「……よろしくお願いします」


「それが返事か」


「はい」


「もう少し、感情が見えても良いと思うが」


「見えています」


「どこに」


「……ここに」



 リリスが自分の胸に、手を当てた。



 ルッツは、それを見た。



 フェンが体を起こして、二人の間に割り込もうとした。


リルが後ろからフェンの尻尾を踏んだ。フェンが振り向いた。



 リリスが、少しだけ笑った。



 ルッツは、それを見た。



 初めて見た、笑顔だった。



(……知らなかった)



 こんな顔をする人だと、知らなかった。


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