表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/40

第22話



 翌朝、イザベラが書類室の扉を叩いた。



 リリスが「どうぞ」と言うと、珍しく一人で入ってきた。女官もなく、付き添いもなく。



 イザベラは部屋を見回して、それから言った。



「昨日の話は、本当のこと?」


「台帳の件ですか」


「そう」


「本当です。記録があります」


「見せてもらえる?」



 リリスは迷わず棚から報告書を取り出しイザベラに渡した。



 イザベラがしばらく、黙って読んだ。


字が細かく、数字が多い。


普通の令嬢なら途中で目が滑る量だ。


しかし、イザベラは最後まで読んだ。



「……すごいわ、これ」


「ありがとうございます」


「嫌みで言っているわけじゃない。本当に……すごいと思っている」



 イザベラが報告書を返した。


それから、椅子を引いてリリスの向かいに座った。



 正面から向き合う、という姿勢だった。



「あなたに謝らなければいけないことがあるわ」


「……」


「先週から、いくつかの嫌がらせをした。書類の順番を崩したことと、部屋を移らせようとした伝言のこと。それから女官たちへの根回し」


「わかっていました」


「わかっていたの?」


「だいたいは」



 イザベラが眉を上げた。それから、苦い顔をした。



「……最悪ね、私」


「感情的な行動だったと思います。でも、理由はわかります」


「理由?」


「ルッツ様のことが、大切なのでしょう」



 イザベラが少し沈黙した。それから、静かに言った。



「幼い頃から知っている人だから。ずっと、ああいう人だったから。あなたが来て、ルッツが変わった」


「変わった?」


「話すようになった。裏庭で誰かと過ごすようになった。食事の時に、少し表情が違う。ルッツは変わらない人だと思っていた。それがあなたのせいで……」



 イザベラが言葉を切った。



「……ごめんなさい。あなたのせい、というのは正しくないわ。ルッツが自分で変わったのに」



 リリスは少しの間、何も言わなかった。



「イザベラ様が、ルッツ様を大切に思っていることは、悪いことではないと思います」


「でも、あなたが婚約するんでしょう?」


「まだ正式には何も」


「でも、そういう方向でしょう?」



 リリスは答えなかった。



 イザベラが溜息をついた。



「……正直に言うわ。私はあなたが嫌いだった。来た瞬間から。でも、昨日の話を聞いて、あなたがどういう人かが少しわかった気がした。ルッツが変わった理由も」


「どういう人だと」


「嘘をつかない人。数字も、言葉も、誤魔化さない」



 リリスは少し驚いた。



「……そう見えましたか」


「そう見える。ルッツが好む人の種類だと思う」



 それだけ言って、イザベラは立ち上がった。



「嫌がらせは、しない。約束する。でも、好きにはなれないと思う」


「それで構いません」


「なぜ?」


「好かれることより、信頼されることの方が大事なので。長い目で見れば」



 イザベラが、少しだけ目を細めた。


笑ったわけではない。しかし何かが和らいだ。



「……あなたは、本当に変わっているわ」


「よく言われます」



 イザベラが扉を開けて、出ていった。



 廊下に足音が遠ざかる。



 リリスはしばらく扉を見ていた。



(イザベラは、わかっていた。ルッツが変わったことを)


(私は……気づいていたのだろうか。自分が、変えていたということに)



 答えは出なかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ