第21話
イザベラが最後の一手を打ったのは、リリスが公爵家に来て一ヶ月目だった。
アードラー家主催の茶会があった。
近隣の貴族の令嬢たちが集まる、月に一度の社交の場だ。
リリスは参加を控えるつもりだったが、カールに「ゲオルクの妻が風邪で欠席した、補佐を頼めないか」と言われ、断れなかった。
茶会の席で、イザベラが仕掛けてきた。
「ローゼンハイム様は、公爵家のお仕事をお手伝いされているとか」
「少しだけ」
「書類の整理を?」
「はい」
「まあ、それはご苦労様なこと」
周囲の令嬢が薄く笑った。
「ご苦労様」という言葉の含みが、明確だった。使用人仕事をしている、という意味だ。
「公爵家のご厚意に甘えているだけで、身の程はわきまえているつもりです」
「そう? でも、没落の伯爵家から来て、公爵家でお仕事というのは……少し、滑稽ではないかしら」
直接的になった。
周囲の令嬢がお茶のカップを持ち直した。
その瞬間の静寂が、場の緊張を示していた。
「滑稽かどうかは、結果が決めることだと思います」
「結果?」
「はい。先週、公爵領の税収台帳を整理した際に、五年分の記録の欠番と重複が見つかりました。照合した結果、年間収入に対して三パーセントの差異がありました。原因は記帳の二重化と転記ミスの蓄積でした」
場が静まった。
「その修正を報告書にまとめてアードラー公爵に提出したところ、今後の税収計算に組み込む旨のお返事をいただきました。三パーセントは、この規模の領地では相当な額になります」
リリスはカップを持ち上げた。
「没落寸前の伯爵家の娘でも、数字を扱う能力と、それを正しく報告する誠実さは持っています。身分とは別の話だと、私は考えています」
静寂が続いた。
イザベラが口を開きかけて、閉じた。
その横で、令嬢の一人がぽつりと言った。
「……三パーセント、というのは、具体的にいくらくらいになるのでしょう」
リリスは振り向いた。
「アードラー領の年間税収を基準にすれば、金貨換算で……」
そこから先は、完全に「仕事の話」になった。
茶会が終わった後、カールが廊下でリリスに言った。
「お見事だった」
「いいえ、ただ事実を述べただけです」
「それが一番強い。イザベラも悪い人じゃないんだ。ただ、ルッツのことが好きで、不安なだけで」
リリスは少し考えてから言った。
「それは、わかります」
「え?」
「大切な人の隣に見知らぬ女が現れたら、不安になるのは自然なことだと思います。イザベラ様が異常なわけではありません」
カールが目を丸くした。
「……ルッツに言っておいた方がいいかな、その話」
「どうぞご自由に」
リリスは廊下を歩き始めた。
後ろでカールが何か言っていたが、内容までは聞こえなかった。




