第19話
公爵家に来て一週間が経った。
書類室の整理は、予定通り完了した。
台帳を年号順に並べ替え、欠番を一覧化し、重複を報告書にまとめてアードラー公爵に提出した。
公爵は「早いな」と一言だけ言った。それで十分だった。
次の課題は見つけていた。
アードラー家の一室が資材置き場として使われていたが、その整理が放置されている。
棚の配置が非効率で、必要なものを出し入れするのに毎回別のものをどかす必要がある。
見ているだけで、動線の悪さがわかった。
着手する前に、許可を取った。
翌日から、資材室の整理を始めた。
ただし、今日の本題はそこではない。
リリスは夜、自室でバッグを開いた。
日本のスーパーで前日に購入してきたものが入っている。
プロテインバー(チョコレート味、バニラ味それぞれ六本)と、電解質タブレット(スポーツ用)と、ビタミンサプリ(粒タイプ)だ。
合計、日本円で三千八百円分。
前世のOL時代に、職場の健康意識の高い同僚がいて、よくこういったものを勧めてくれた記憶がある。
自分は使わなかったが、効能は覚えている。
高強度の訓練をこなす騎士団予備軍の体に、悪いものではないはずだ。
(問題は、どう渡すか、だ)
リリスは包装を確認した。日本語の表示がある。説明がつかない。
(包み直す)
布巾で一つずつ包んだ。
プロテインバーは「行動食」として説明できる。
電解質タブレットは「塩分と水分の補給に有効な粒」とでも言えばいい。
ビタミンサプリは少し難しいが、「体調管理に良いとされる薬草を圧縮したもの」と言い切ることにした。
翌朝、ルッツが訓練から戻ってきた時を見計らって声をかけた。
「少しよろしいですか」
「なんだ」
「騎士団入団前の体調管理に、有益なものをご用意しました」
布巾の包みを差し出した。ルッツが受け取り、中を確認する。
「……これは?」
「一つ目は行動食です。高い栄養価があります。二つ目は水分補給の補助になる粒で、訓練中の消耗を和らげます。三つ目は体調維持のための薬草を固めたものです」
「どこで手に入れた」
「知り合いのルートで」
「知り合いのルート」
「はい」
ルッツが、じっとリリスを見た。
「なぜ俺に?」
「騎士団入団が再来月だと伺ったので。入団直後は訓練強度が上がると聞きました。事前に体を慣らしておくと良いと思って」
「……お前は、なぜそんなに細かいことを知っている」
「知識が好きなので」
「以前から?」
「……はい、まあ」
ルッツがもう一度包みを見た。それから言った。
「ありがとう」
それだけだった。
飾らない、短い言葉。しかし確かな言葉だった。
リリスは頷いて、廊下を歩き始めた。
その背後で、フェンとリルがルッツの足元に駆け寄り、包みの匂いを嗅ごうとしていた。
ルッツが「これはお前たちのではない」と低い声で言っていた。
リリスは聞こえないふりをした。
廊下の角を曲がったところで、肺の底にある空気を一度だけ全部吐き出した。
(渡せた)
(推しに直接、手渡せた)
(体調管理グッズを、正当な理由をつけて、正攻法で貢いだ)
(これは前世で言うところの「公式ルートの貢ぎ」だ。最も尊い形態だ)
壁に手をついて、三秒間、天井を仰いだ。
それから背筋を伸ばして、資材室に向かった。




