第14話
学園での生活が卒業が近づくにつれて、空気が変わった。
三年生の廊下に浮足立った気配が漂い始め、食堂では進路の話題が増え、教師たちの講義に「仕上げ」の色が出てきた。
卒業パーティの準備委員会が発足し、会場の飾り付けについての議論が毎週行われていた。
リリスには、準備することがあった。
裏帳簿を最終確認した。
カトレアの不正の記録は、三年分が揃っている。
横領額の累計、送金先と思われる口座の動き(父の書類室から写し取った)、エミリオへの接触のパターン、魅了スキルの発動が疑われる場面の日時と状況。
証拠として使えるレベルに達している。あとはタイミングだ。
エミリオとマリアの関係は、すでに「婚約者のいる男に別の令嬢が入れ込んでいる」という範囲を超えていた。
二人が人目もはばからず並んで歩く場面が増え、上級生の間で噂になり始めていた。
(卒業パーティで動く気かな、エミリオは)
そう判断した根拠は、エミリオが最近になって一度だけリリスと目を合わせた時の、あの眼の色だった。
覚悟と罪悪感と、そして少しの意地が混ざった顔。
婚約破棄を宣言する気でいる。
しかし場の空気に押される形で、事を公にする場を選んでいる。
(よろしい。その方がわかりやすい)
リリスは帳簿を棚の奥に仕舞い、同時に別の書類を確認した。
王都の公証人に事前に頼んでおいた書類がある。
カトレアの不正に関する証言を書き留めた文書で、スタンプが押されて法的効力を持つものだ。
前世の記憶の中に「証拠は事前に形式を整えておく」という知識があった。
もう一つ、確認した。
アードラー公爵家の家門と、ルッツの名前。
卒業パーティが終わった後、自分はどこへ向かうのか。
実家に戻ることはない。それははっきりしていた。
問題は、その後だ。
(……あの人が、手を差し伸べてくれるかどうか)
裏庭での日々を思い出した。
三年間。兵站計算を一緒にやった。経営学の話をした。フェンとリルの世話をした。
互いに余分なことを言わず、必要なことだけを話した。
しかし「手を差し伸べてくれ」と頼んだことはない。
頼めるかどうかも、わからない。
リリスはランプの火を見つめながら、計算を続けた。
(最悪のケースは誰も手を差し伸べてくれない。その場合、王都で自分で宿を取り、就職先を探す。経営学と簿記の知識があれば、商家の帳簿係として働ける可能性がある)
(現状で確率が高そうなのは、アードラー家が一時的な保護を提供してくれる。その場合、有能であることを証明して正式な立場を得る)
(最良のケース……は、想定しない)
最良ケースを想定することが、まだできなかった。
ランプが揺れ外の風が、窓を叩いた。
リリスは帳簿を閉じた。
明日のことは、明日考えればいい。




