第13話
秋が深まるにつれ、エミリオとマリアの接触は増えた。
リリスはそれを、食堂の窓から眺めたり、廊下の向こうに見かけたり、という形で断片的に観察していた。
特に追いかけるわけでも、避けるわけでもない。ただ、データを集めていた。
変化は、確実に起きていた。
エミリオが学内でリリスを見かけても、目を合わせようとしない頻度が増えた。
婚約者として最低限の礼儀を保っているが、その礼儀の中に温度がなくなった。
マリアはますます活発だった。
エミリオの隣に自然な顔で立つようになり、リリスと三人で顔を合わせる場面では、必ず「お姉様、エミリオ様はこんなことも知らないの? 私が教えてあげたのよ」という会話をする。
意識しているのか、していないのか。
リリスにはどちらでもよかった。
問題は別のところから来た。
ある昼下がり、リリスが裏庭に向かう途中、廊下でエミリオに声をかけられた。
「少し、いいか」
場所を変えて、人気のない回廊の端に移動した。エミリオが向き合った。
「……リリス。お前に確認したいことがある」
「何でしょう」
「マリア嬢のことだ。お前は、妹が俺に近づいていることを知っているか」
「存じています」
「それについて、何か言いたいことはないか」
リリスは一拍だけ考えた。
「特にありません」
「……特に、ない?」
「はい」
エミリオの眉が寄った。
「婚約者として、何も思わないのか」
「殿下がマリアと親しくされることは、殿下の自由だと思います」
「それで構わないというのか」
「構いません」
エミリオが口を閉じた。開いた。また閉じた。
「……お前は、俺のことが好きではないのか」
「それは婚約者としての好意という意味でしょうか」
「そうだ」
「政略婚約でしたので、そういった感情は特に持っておりませんでした」
「持っていなかった?」
「はい、過去形です」
エミリオの顔が、複雑に動いた。
怒りでも悲しみでもない。
プライドが傷ついた顔だとリリスは判断した。
自分から離れていったことを認められているのに、怒れない。
怒る立場にない。しかしそれを認めることも、プライドが許さない。
(予想通りの反応だな)
「殿下」
「なんだ」
「もし殿下が、マリアの方を大切に思われているなら、それはそれで清廉な話だと思います。私のことは、お気遣いなく」
「……お前は、本当に不思議な女だな」
「よく言われます」
エミリオがしばらく黙って、それから言った。
「お前に、一つだけ謝ることがある」
「何でしょう」
「俺は……ずっと、お前を正しく見ていなかったと思う。正論を言う女だとばかり思っていた。でも今日の話を聞いて、俺がただ、お前の言葉を受け取る器がなかっただけかもしれないと思った」
リリスはその言葉を、静かに受け取った。
「ありがとうございます」
「礼を言うことか」
「正直に話してくださったことへの礼です」
エミリオが苦い顔をして、頷いた。それから踵を返した。
回廊の角を曲がって消える背中を、リリスは見送った。
(……思ったより、まともな人だったな)
スキルの影響がない素の状態では、こういう人なのかもしれない。
それとも、カトレアの魅了が弱まっている時間帯だったのか。
(どちらにしても、今日のことは記録しておく。証言になりうる)
その足で裏庭へ向かった。
フェンとリルが入口で待っていた。
リルがリリスの脚に飛びついてきて、バランスが崩れかけた。
ルッツが少し離れた場所に立っていて、こちらを見ていた。
「遅かった」
「少し用事がありました」
「フェンが待ちきれなくて扉を引っ掻いていた」
「ごめんなさい、フェン」
フェンが大きな舌でリリスの手を舐めた。
それだけで、今日の出来事が少し遠くなった。




