第10話
裏庭での習慣は続いていた。
フェンとリルは、すっかりジャーキーなしでは昼が始まらない体になっていた。
リリスが裏庭の扉を開ける音を聞き分けているのか、いつも扉が開く頃には二頭が入口近くで待っている。
ルッツはだいたい、リリスより先にそこにいた。
最初は偶然かと思ったが、三日続けて先に来ていると、これは意図的なのだとわかった。
何の意図かはわからなかったが、少なくともリリスが来ることを知った上で先に来ている。
会話は少なかった。
魔狼のことを少し話す。
天気や気温が魔獣の行動に影響を与えるという話をルッツがした。
リリスは「それは在庫管理の考え方に似ている」と返した。
ルッツが「どういうことか」と聞いた。
それが、最初の本当の会話だった。
「季節や天候によって需要が変わるから、手持ちの在庫を季節ごとに調整する、という考え方があります。魔獣も、冬は活動量が落ちるなら必要なカロリー量も変わる。補給の計算を季節で変えるということですよね」
「……そうだ。遠征の兵站計画でも、季節ごとに補給量の計算式を変える必要がある」
「兵站ですか。補給路の設計ですね」
「知っているのか」
「経営学の基礎で学びました。物流とコスト管理の考え方が近いと思います」
ルッツが少し考えた。
「遠征の補給計算で、今詰まっているところがある」
「どんな問題ですか」
「往路と復路で消費量が違うのに、同じ計算式を使って帳尻が合わなくなる」
リリスは少し考えた。
「復路は戦闘後で怪我人が増える可能性がある。また、戦利品や捕虜の有無で荷の総重量が変わる。往路の計算式を基準にして、復路係数を掛けるのはどうでしょう。復路係数は過去の遠征データから平均を出して」
ルッツが目を細めた。
「……過去データの平均を使う発想が、俺にはなかった」
「軍の記録は残っていませんか」
「残っている。ただ、利用するという発想がなかった。記録は事後の検証のためにあると思っていたから」
「記録は次の計画の素材でもあります。過去に何が起きたかを知ることで、未来の予測精度が上がる」
ルッツがしばらく黙った。
フェンが退屈して大きな欠伸をした。
リルがルッツの脚に寄りかかっている。
「……お前、どこでそれを学んだ」
「独学です。本を読んで」
「学園でそんな講義はない」
「家にいた時間が長かったので、読める本はだいたい読みました」
ルッツが何かを言いかけて、やめた。
その代わりに、ほんの少し、声のトーンが変わった。
「明日、俺の課題の計算を見てもらえるか」
「……構いません」
リリスは平静に答えた。
内心では全力でガッツポーズをしていたが、それは顔に出さなかった。
(推しから頼まれた。推しに頼りにされた。この事実を記録する帳簿を一冊別に作りたい)
フェンがリリスの膝に頭を置いた。
太陽が傾いて、裏庭の石畳が金色になった




