花のしもべ(2)
糸の木の収穫はロナタルテとティナレルザの働きによって予定を大幅に短縮して終わる。昼過ぎまでを予想していた父親のドワッツは子どもにせがまれて自由時間を与えた。
「このへんに遊ぶとこある?」
正輝は疑問に思って子どもたちに訊く。
「森の向こうはお花畑になってるの。そこで遊びたい」
「なるほど、お花畑か」
「お父さん、早くぅ」
車に合わせて森沿いの道のカーブを曲がると見事な花畑が広がっていた。エメルキアたちも目を瞠るほど大きなもの。
「こりゃすごい」
「綺麗です」
種類が揃っているでなく、色とりどりの花が咲き誇っている。だが、全体を見渡せばなぜか統一感を覚えた。
(ん? 花?)
なにかが引っ掛かる。
(ジノグラフに虫はいないぞ。植物はなんのために花を咲かす?)
本来、花とは植物が昆虫との共生関係を結ぶために生みだしたものである。花粉を運んでくれる相手がいないのに花を咲かせるのでは意味がない。
「と、すると?」
彼は目を凝らす。
「飛んでるな。やっぱりなのか」
「どうしたのです?」
「いやー、予想どおりヒルが飛んでると思ってさー」
小指の爪ほどのサイズの飛びヒルが大量に舞っている。ふよふよと花から花へと飛びまわっては受粉作業に勤しんでいた。
「蜜ヒルです。この種類は蜜だけを吸って生きてるんですよ」
エメルキアが教えてくれる。
「だよな」
「変ですか?」
「いや、全然変じゃない。逆にいないとおかしかった。そうだよ、島にだって花は咲いてた。こういうのがいるんだってわかってたはずなんだ」
ジノグラフの食物連鎖の最下層を形成するヒルの仲間。彼らは植物との共生も図り、一大勢力を有していた。
「こいつらは集団で巣を作って花の蜜を集めたりしてないよな」
蜂の代わりとはいえ、習性まで同じとは思えない。
「マサキはおかしなことをおっしゃるんですね。ただ、吸うだけです」
「そして、増えるだけか。下の地面は蜜ヒルの巣窟になってそう」
「ええ、多いですね」
栄養価の高い蜜の糖分をダイレクトに使って早いペースで増殖する蜜ヒル。そして、その大量の蜜ヒルを捕食するモモンガっぽい動物や小型の飛びトカゲも舞い踊っている。花畑とはそういう場所なのだ。
「これだけいるので簡単に捕れます。水と煮込んでシロップに……」
「言っとくけど、どんなに甘くったって食わない」
断固拒否である。
「そうですか。美味しいんですけど」
「ロナは食べたいー」
「あ、私も嫌いじゃない」
妖精種陣は乗り気でしかない。
「君たちのために捕るのはやぶさかじゃない。でも、俺は食わない」
「頑固ね」
「無理にとは言わないですから」
少女は苦笑している。
ドワッツ一家の子どもたちも捕る気満々である。最初からそのつもりだったのか、捕虫網っぽいものまで持ちだしてきた。
(ここじゃ、捕ヒル網か)
軽く泣けてきた。
「お姉ちゃんも早く」
「待って。まずはすぐに逃げちゃうほうからよ」
「そうだった!」
息を忍ばせて花畑に近づいていく。なにかを狙っている様子だったが正輝にはわからない。
「なに、捕るんだ?」
わからないことは尋ねるの一択。
「よく見てて。登ってくるから」
「マジか。なになに?」
「あそこ」
女の子が指差す先を見る。風にかすかに揺れる花の茎をなにかが登ってきた。それは花まで登りきると中に頭を突っ込んでいる。やはり蜜を舐めているものと思われた。
「花ネズミ。お兄さんのところじゃ食べないの」
「そもそもいな……。いや、特に食べなかったな」
「えー、甘くて美味しいのに」
せいぜいが指の第一関節まで、尻尾を含めない体長で2〜3cmほどの哺乳類。その超小型ネズミも花の受粉に協力しているようである。よく見ると、幾つもの花の茎に花ネズミがよじ登っていた。
「あっちを捕る?」
「うん、蜜ヒルはそんなに逃げないけど、花ネズミはすぐに隠れちゃう。捕るの大変なの」
「動きが機敏そうだもんな」
おそらく、子どもたちの絶好のオヤツのネタなのだろう。パムール島のように、そこら中に甘い果実が実っていなければ、こうした花のしもべたちが甘いオヤツに変わると予想できる。
「行くよー」
「うん」
姉弟は網を構えるとダッシュして花畑の中へ。花ネズミが気づいて逃げようとするところを狙う。じっくり観察すると、なにかで叩かれて気絶した花ネズミが落ちるところを拾っている。
「もしかして、魔法でショックを与えて捕ってる?」
「はい、花ネズミに焦点を当てて衝撃を与えてるんです。手慣れたものですね」
「十分に狩人じゃん」
少女は相手が小さいから子どもの魔法でも通じると説明してくれる。これが大きめの獣やトカゲ類などだとそうはいかない。小石を当てたくらいのショックしかないからだ。
(器用だ。これも遊びの延長くらいに思ってるんだろうな。実利のある)
どこの世界でも子どもは逞しい。現代日本では捕虫網を持って歩きまわる風景など田舎でしか見られなくなったが、それでも廃れることがなのも事実である。日本の場合、好奇心の産物でしかなく実利はないが。
(外国の人なんかはセミの幼虫とか常食してるとこもあるらしいけど)
ヒルと並んで遠慮したい食文化である。
正輝は微妙な面持ちで花ネズミ捕りに興じる子どもを眺めていた。
次回『花のしもべ(3)』 「おうふ。見せてくれなくていい」




