風変わりな異世界(5)
自由に飛びまわっては肩に戻ってくるロナタルテと、寄り添って歩くエメルキアを伴って正輝は森の中を行く。獣道に毛の生えた程度の踏み固められた道である。そこを歩けば、例のヒルの仲間を騒がせないですむ。
「なあ、ルキ。こいつら、どこにでもいる?」
道に溢れた腐葉土を蹴散らすとヒルたちが這いでたり飛びあがったりする。
「はい、どこにでも。家の中には入れないようしっかり目張りしてますけど、夜の外なんかそこら中這ってますよ」
「もちろん、飛んでもいるんだよな。どうやって見てるんだか」
「ちゃんと目があります」
そう言われて凝視すると、頭と思われるところに小さな黒い点がある。まるでキャビアの粒みたいなそれが目なのだそうだ。
(たぶん、結構な種類がいるんだろ。飛ぶやつ飛ばないやつ含めてとんでもない数。この世界は虫の代わりにこいつらが食物連鎖の最下層にいる)
そう予想した。
「ここ、『虫』っている?」
「『むし』ですか?」
その瞬間に気づいた。「虫」だけこちらの言葉にならず日本語の音で出たからだ。こちらにない概念は言葉も存在せず、変換されないのだ。
「悪かった。知らないものなんだな」
「その『むし』はマサキの世界では当たり前のものなんですね」
推察だろうが、理解が早い。
「気づいてた?」
「はい、言葉が通じなかった時点で。今は昔と違って統一言語以外は廃れてしまいました」
「統一言語ね。これがそうなんだ」
エメルキアは非常に聡明である。わざわざ物知りというゼアネルヒなる人物に会わなくとも、彼が望んでいる情報はすべて知っているような気さえする。
(まあ、色々しきたりみたいなものがあるんだろ。今は従ったほうがよさそうだ)
突然戻れたりしない空気を察してあきらめている。
「不見識で申し訳ないんだが、俺の常識だとこのヒルは飛ばない」
ぴらぴらと皮膜を波打たせながら飛ぶヒルを指差す。
「で、こいつらも飛ばない。このトカゲ」
「『むし』は飛ばないんですか?」
「飛ぶ。でも、重力……、重さのことだ。体重を軽くして、重さに見合った翅を持ってる。それを羽ばたかせて飛ぶ」
手で羽ばたくジェスチャーをするとロナタルテがケラケラと笑った。
「精気は使わないんですね」
「問題はそいつだ。俺の世界だと精気は目に見えたり感じられたりやり取りしたりするもんじゃない。もっと抽象的で、元気の素みたいな感じの概念でしかない」
「そうなんですか」
エメルキアとロナタルテは心底驚いたふうである。常識の大きな違いはこんなところに表れる。すり合わせないと言葉がわかってもコミュニケーションは怪しくなる。
「魔力みたいなもの?」
概念的なものなので危ぶんだが変換された。
「魔力は精気から生まれて実際に効果を表す状態の力です。そういう意味では力の素、元気の素というのもあながち間違いじゃないかも」
「すると、ヒルやトカゲは自分の精気を魔力に変換して飛ぶ力にしてる?」
「はい、直接身体を浮かせてるんです」
ようやく結論を引きだせた。
「ロナやルキも?」
「そうです。飛ぶ魔法を使ってます」
「魔法、ね」
怪しげな考えだと正輝は感じた。もちろん、彼らなりの概念のもとに働いているのだろう。実際に飛んで見せている。しかし、飛ぶ魔法にしては被膜だったり光る羽根だったり舵を切る部分を持っている。おそらく、浮く魔法なのだと思った。
(魔法っていってもいいものなんだか)
そこもピンとこない。
正輝のファンタジー知識でいくと、魔法はかなり高度な技術みたいな感じ。色々なコンテンツでは長ったらしい呪文とか、複雑な魔法陣とか、豊かな知識とかを必要とするもの。だが、この世界では小さな虫レベルの生き物でも当たり前に使う。
(なんだか違和感ある)
しっくりこない。
「しかしな」
よく観察しようと下生えを蹴飛ばしてヒルを飛ばす。
「お?」
目的のヒルの飛ぶさまを観察していると、すぐにさらっていかれた。ただし、今回はトカゲではなかったのである。被膜を持つ獣であった。
「ムササビ?」
見た目はそれが一番近い。
「飛びネズミです。これも大きなものから小さなものまで色んな種類がいて、地方によって様々な呼び名があるので普段は『飛びネズミ』で通用します」
「そうか。こっちにも獣の仲間がいたんだ。そっちに感動してる。大きめなのはトカゲの仲間ばかりかと」
「獣もいますよ、いろんな形の。草食のものから肉食のものまで色々。でも、獣の仲間は重すぎて大きなものは飛びません。トカゲは飛ぶ魔法が得意みたいで、大きなものまで飛びますけど」
怖ろしいことをさも当然のように言う。
「どのくらい?」
「10mくらいのものもいるそうです」
「恐竜じゃん!」
想像もしたくない。おそらく肉食だろうし、襲われたらひとたまりもない。空を見るのが嫌になりそうで恐る恐る見あげる。
「この島にはいませんよ」
ころころと笑いながら教えてくれる。
「……ここって島だったんだ」
「言ってませんでしたね。パムール島っていいます」
「こりゃ確かに教えを受けないと生きてけない」
話しているうちに道の終端にやってきた。木立の隙間を縫って、エメルキアの住む木造家屋と似たようなものが見えてくる。そこが目的地なのだろう。
(さて、誰がいるんだか。こっちの名前って、響きだけで男か女かわからない)
正輝は頷く少女に歩を合わせて小屋へと近づいていった。
次回『妖精種(1)』 「そんなオチがあるのかよ」




