漂流者の証言(2)
「名前、ティナレルザ」
声音に導かれるようにティナレルザは名乗ってしまう。
「てぃ、ティナ……レルザか。ごめん、俺の舌の性能だととびっきり苦手な発音でさ。ルーザでいい?」
「は、はい」
「とりあえず身体が温まったらしっかり栄養を……、っても、君たちの食べるは意味が違うな。好きなだけ吸って」
目の前に手を差しだされる。怖くて身体を縮こまらせてしまう。なにかをされると思ったのではない。精気をいただいているときに、人間が彼女に向ける嫌悪の表情が怖かった。
「遠慮しなくていい。俺には全然堪えないから」
また優しい声音で諭してくる。
「本当ですよ。マサキに関しては気にしなくて大丈夫です。触れたらわかるけど、すごいですから」
「平気だよー?」
「腹いっぱいにしていい」
おずおずと手を伸ばして触れる。その瞬間、神経が跳ねたように感じた。その男の身体はまるで精気の塊のようである。まるで尽きない泉のように。
少しずつ吸収するもなにも変化がない。普通の人間は多少の倦怠感を覚えるようだったか、マサキは平気にしているばかりか彼女の視線ににっこりと笑って応じてきた。
「とんでもない」
むしろ、どんどんと流れ込んでくる。
「でしょー?」
「この方はちょっと特殊ですのでわたしたちが心配するようなことはありません。飢えることも」
「この人がいるからここは伝説の島とされていたの? 妖精の楽園と」
そう思ってしまうほどだ。
「いいえ、ここはただの人間が入ってこれなくしてあるだけの場所でした。マサキが迷い込んでくるまでは」
「迷い込んで?」
「さっきも言ったけど、俺ってばこの世界の人間じゃない。いわば異世界人なのさ」
平然と言う。エメルキアが説明してくれるに、だいたい二ヶ月ほど前にどこからか彼がやってきたらしい。それからパムール島の暮らしは一変したという。
「どうやって?」
エメルキアやロナタルテは生きてきたのか。
「どう、やって?」
「マサキはわからないかも。ルーザは大陸の国生まれなのでしょう? 自然から少しずつ精気を分けていただく方法を教えられないままに育っているのです」
「マジか。そりゃ大変だ」
驚いている男を奇妙に思う。
「妖精種は人なしでは生きていけないと教え込まれます。そんな環境に置かれてしまうのです。決して逃れられないと」
「精気を餌にか。狡い手だな」
「ご存知のようにそんなことはありません。繁殖形態となるとなかなかですが、どこの国の森にも小妖精は隠れ住んでいるものです」
エメルキアの語ることはティナレルザには意外の一言だった。もしかしたら、自ら精気を与えてくれる人間と違って、獣なら奪うことは可能かと思う。しかし、ひどく大変な生活となる。想像を絶する困難に直面するだろうと思っていたのだ。
「森の木も、大地さえもが精気を宿しています。少しずつ分けていただけばいいのです。なんだったら、トカゲからでも吸い取れますけど」
エメルキアはそうやって暮らしてきたという。
「小妖精とは比べ物にならないくらい精気がいるのに?」
「ええ、日々少しずつでしたら。太古よりわたしたちはそうして生きていたんですよ。今はちょっと飽食の時代が来てますけど。太ってしまいそう」
「その分使うんだから太りはしないさ」
笑いながら話している。
「マサキが食事を欠かさないかぎりは困ることはありません」
「安心しろ。俺は食いしん坊だから間違いない」
「そんなことが」
パムール島という場所は彼女の常識を完全に覆している。人間と妖精種が仲良くすごし、助け合って暮らしているのが伝わってくる。あり得ない光景に見えた。
「腹いっぱいになった?」
マサキが優しく言ってくる。
「はい、ありがとうございます」
「ゆっくり休むといい。回復したらちょっとばかり話を聞きたいと思ってる。なにせ、俺は大陸の状況に疎い」
「それくらいでしたら」
返すものがないと怖ろしい。
「それと、そんなにかしこまらなくていい。俺にとって君たちは家族みたいなもんだし、君にとっては栄養供給源で頼れる男くらいに思ってくれると嬉しいかな」
「そう、させてもらえると私も嬉しい」
「じゃ、決まりだ」
髪を撫であげる指が優しさを伝えてくる。無理させないのが、彼の心からの気遣いだと感じられた。他の二人の妖精種が楽しそうにしているのもエメルキアの言葉を裏づけている。
(こんな場所があるなんて)
ティナレルザは楽園だというのが本当だったと思った。
◇ ◇ ◇
朝が来てティナレルザが目覚めると、エメルキアはもう起きだして台所に立っている。朝食の準備をしているようだ。
「ゆっくり眠れました?」
飛べるくらいに回復していた。
「うん、もう大丈夫。普段はもらえないほどの量の精気をもらってしまったから。マサキは疲れてるんじゃない?」
「違うのです。ここのところは船を作るのに忙しくしてたから、今日は寝坊してますね。ちゃんと朝起きて走りに行ったりしてるんですけど」
「だったらよかった」
彼に聞かれないうちに尋ねておきたいことがあった。
「マサキはなにも知らないの?」
「はい、大陸の実情をなにも知りません。知ったときどうなるかは未知数ですけど、彼に限って態度を変えるとは思わないでいます」
「そう。でも、ちょっと怖い?」
「察してくださいね」
儚げに笑うエメルキアが心配になるティナレルザだった。
次回『漂流者の証言(3)』 「エルフィン候補? 君たちは元々エルフィンじゃん」




