風変わりな異世界(4)
ロナタルテが大樹の幹に触れているだけでなにが起こるでもない。木が萎れるわけでもなければ、葉っぱが枯れるのでもない。
「吸えるのはちょっとだけ。分けてもらうみたいなもの」
エメルキアが正輝に教えてくれる。
「目に見えるようなものじゃない。なるほど。昨日は俺の吸ってた?」
「吸ってた。とってもいっぱい。だから、満腹」
「ごめんなさい。許可もなくひどいことを」
美少女は本当に申し訳なさそうに言う。
「俺はなんともない。ロナタルテの小さな身体を賄えるなら好きにしていい」
「マサキ、大好き」
「俺をエメルキアのところに連れていってくれたお礼」
不安でいっぱいだった彼を助けてくれたのはロナタルテである。倒れたり死んだりするようなことをされるのでなければ相応のお礼をしなくてはならない。
「でも」
「気にしなくていい」
エメルキアはひどく気に掛けている。
「俺は体力あり余ってるから大丈夫。鍛えてるから」
「迷惑だったら言って。必ず」
「大丈夫。きつかったら言う」
少女はなぜか傷ついている様子だった。元気づけるように肩に手を置くと、青い瞳が真摯に見つめてくる。笑ってウインクするとようやくわずかながら微笑みが戻った。
(なんだか変なところが大人っぽいんだよな。ちょっとドキッとする)
エメルキアは時折大人びた仕草を見せる。それが余計に正輝の庇護心をくすぐってくる。森の中で親から離れて一人暮らすのは苦労の連続だっただろうと思えるのだ。
(もっと、ちゃんと話せるようになったら、しっかりと向き合って話をしよう。自分より彼女のほうが心配になってきた)
エメルキアの家事を手伝って一日を過ごす。薄汚れてきた自分の服も少女の洗濯桶で洗った。干している間はパンツ一丁。ロナタルテが喜び勇んで首にぶら下がり胸に張り付いている。彼女の服は太ももまでの貫頭衣なので接触面積も広い。
「食事中?」
「うん、美味しい」
丸太に腰掛けて日を浴びているとエメルキアも横に来る。
「座っても?」
「もちろん」
「ごめんなさい」
なぜか謝りながら座ると肩に頬を寄せてきた。また、あの繋がるような感触がある。
(もしかして、そうなのか? だとしても、な)
少女の傷ついたような表情が気掛かりだ。
(なんにしても明日だ)
翌日には会話に不足しなくなる予感がしている正輝だった。
◇ ◇ ◇
「おお、いい感じだ。ちゃんと伝わってる?」
日課の手繋ぎを終えた正輝は少女に訊いてみる。
「ええ、大丈夫です。わたしの言葉も伝わっていますか?」
「問題ない。でも、そんな丁寧な言葉じゃなくていいのに」
「これは癖なんで気にしないでください」
エメルキアは元気を取り戻していた。しかし、まだ少し陰りがあるように感じる。どうにかしてやりたいが、彼のほうから問い詰めるのは違うと思ってあるがままにする。
「野草を摘みに行くのか?」
顔を洗ってから訊いた。
「いえ、今日はあるところに行こうと思ってます。会話に不自由なくなったので」
「ってことは誰かに会いに行くのか。それならそうと言ってくれよ。このまま君と二人で暮らすのかとちょっと覚悟してたぜ」
「ロナタルテもいるのに」
耳元で怒られた。
「ああ、ロナタルテも一緒だ。悪かったって」
「もう、マサキがいないと生きていけない身体にしたくせに」
「急に人聞き悪いな!」
ツッコミを求められる。理由が栄養源なのは承知している。そんなに美味しいのだろうか。そもそも味という観念があるのかどうかも不確かである。
「ところでさ」
思いついたことがある。
「呼びにくいってわけじゃないんだけど、ちょっと長くてね。ここの文化的に名前を省略するのは失礼だったりしない? 愛称で呼び合うとか」
「そういう習慣がないだけで、特に気になったりは。そのほうが楽なんですか?」
「呼びやすいのもあるけど、こう、親愛の情を込めてとか」
親しく感じている証としての話。
(カタカナっぽい音の並びを発音する口になってないんだよ。言葉が入ってきても、こんなところが変に日本人で困るぜ)
そんな理由もある。
「どんなのどんなの?」
ロナタルテが食いついてくる。
「ロナタルテは『ロナ』がいいか」
「ロナ!」
「で、エメルキアは『ルック』、いや、そんまんま『ルキ』がいいかな」
発音しやすそうな部分を抓みだす。
「ルキですか。確かに親しげな感じしますね。マサキは?」
「俺のは省略するほど長くない」
「ほんとだ」
少女がくすくすと笑う。その感じが心配事を忘れさせられた気がして嬉しかった。提案した甲斐がある。
「で、今日はどこ行く?」
流れで軽く訊く。
「森の奥にちょっと歩きますけど、ゼアネルヒ様のところに行こうと思います。マサキのことを相談しようと思って」
「もしかして、ここって俺がいるとマズい場所?」
「いえ、そんなことはないんですけど。マサキもここに来たくて来たんじゃないんでしょうし」
彼の事情を薄々察しているふうだ。
「ビビった。じゃ、そのゼアネルヒ様って人のところに挨拶に行くか。偉い人?」
「偉いとかじゃなくて、ずっとこの森を守っている物知りな方です。マサキみたいなことが以前もあったのかどうか聞きたくて」
「そりゃそうだ。気になるもんな」
(もしかして、その人、俺を戻す方法を知ってるかも)
エメルキアも心配だが、自分の心配もある正輝であった。
次回『風変わりな異世界(5)』 「統一言語ね。これがそうなんだ」




