島と世界(1)
早朝のカルデラは朝霧に沈む。独特の静謐に包まれていた。静かすぎる時間は正輝にとって慣れないものだが、朝のランニングコースに似ていて嫌いではない。
「おはよ」
「朝ですか。おはようございます」
少女たちを起こして火の始末をする。霧が晴れるまで焼き魚の残りを突付きながらまったりとして、もう一度身体を流してから帰り支度に入る。
少々物騒なところがあるものの悪くはなかった。景色を目に刻んでからエメルキアをバイクに乗せる。なんとなく無言のまま野営地をあとにした。
「どうしました?」
「ここも目的の一つなの忘れた?」
「ああ、山頂がどうなっているかと、見晴らしのいい場所で見渡すっていうのもありましたね」
山が死火山であるのは確認できた。あとは島の立地である。家から向かった海は大陸の反対側でなにも見えない。大陸側を確認するのも遠出の意味の一つ。
「見えませんね」
「肉眼じゃな」
エメルキアは大陸のことを知っている。言葉尻を捉えるかぎりでは、大陸を旅したというより大陸からやってきたのだと感じた。
「望遠鏡を作ろう。簡単なやつ」
「望遠、です?」
残り半分になった流体金属で筒を作ってもらう。二本の、重ねればスライドするような筒だ。そのへんで拾った石をガラスに精製してもらいレンズにする。二枚のレンズをそれぞれの筒にセットして目を当てた。
「薄っすらとだが見える。そのくらいの距離ということか」
「見せて見せてー」
ロナタルテがせがんできたので見せてやる。
「あれが大陸ぅー? 平べったい」
「この距離だと、その向こうに山があっても見えないな。こんなもんだ」
「大地の関係で見える距離には限界があるのですよ」
(なるほどな。ルキは世界が球体でできてるのを知ってる。そのくらいの文明が大陸にはあるわけだ)
類推することはできる。
(どちらにせよ近い。その気になればいくらでも渡ってこれるはず。それなのに島に人は来ない。なにか隠したいものがあるんだろうな)
「さあ、帰ろうか」
望遠鏡で覗いていた少女を促す。
「はい。これ、どうします?」
「もう少しちゃんとしたものを作ろう。時間のあるときでいい」
「片づけますね」
エメルキアの面持ちにわずかだが陰りがある。正輝が大陸を目指そうとしていると勘違いしたのだろう。置いていってしまうと思ったか。
「なあ、布を作るの大変?」
改めて尋ねてみる。
「大丈夫かもしれません。マサキが来たときはこんなにも底なしの精気とは思ってなくて。余力があれば、時間は掛かりますが作れます」
「じゃあ、短パンでも作ろう。ルキの格好はどうにも無防備すぎる」
「たんぱん?」
手を取ってイメージを伝える。
「それと、チューブトップ的な下着かな」
「布地が少ないので難しくなさそうです」
「背中で結んでるだけとか、腰で結んでるだけとか心許なくてだな。これから先、一緒にいるのに、目のやり場に困るのは疲れる」
少女の表情がパッと明るくなった。ずいぶんと遠回しだが彼の意思は伝わっただろう。
「はい、糸の木ですね」
「帰ってゆっくり休んでからな」
一日雨で足止めされたが、正輝たちは四日目に晴れて帰宅した。
◇ ◇ ◇
バイクの消耗部品の交換と、エメルキアの下着づくりで二週間があっという間に過ぎていく。問題は解消したし、正輝のシャツの洗い替えも増やせたので良しとする。
「これ、楽です」
「いいだろ? チューブトップの上下を伸び縮みする被膜皮を融合させれば締め付けはそれほどじゃない」
「着たり脱いだりがしやすいのがいいです」
「なあ、脱ぐの前提に語るのやめね?」
下着になっても多少は見られるようになった。それでも、あまりに潔く脱ぐ生活は変わらない。それが信頼の証だとわかってはいても、相手の見た目は完璧に事案になるローティーンのものなので落ち着きが悪い。
「下履きもいいです。これは売れそうな気がします」
「布地作るのこれだけ手間だと売りもんにはならないな」
織り機があるのは知っていても構造がわからない。エメルキア曰く、サイズは大きいが大陸では普通にあるもので、布も普及しているらしい。
(やっぱ、ネックは虫だな。繭を作るイモムシとか糸を出すクモとかいないと、細くて強い糸を作るのはこんなにも大変なものか)
先人たちの知恵は尊敬に値する。
合成繊維というのもピンとこない。木の皮から繊維を取りだしたり、原油由来の繊維を利用するのはなんとなくわかるものの、それを細い糸にするだけで集中力と念動力を用いるでは話にならない。やはり、最初から繊維の長い糸の木の実を使うのが順当なのである。
「また、皮膜革を仕入れとかなきゃだな。釣り糸作る分のメタルも補充しないといけないし」
「狩りに行きます?」
「お出掛けー」
膝の上でせっせと布づくりに勤しんでいる少女に話し掛ける。彼女がテーブルに置いた手の上では、結った糸が複雑な動きをしながら次々と編み合わさって少しずつ布へと変化していく。
「要るだけ集めたら、そのあとゼアネルヒ様んとこ行こう」
「ご無沙汰してますものね。フルーツでもお土産にして」
「お母さんとこー」
(十分に時間も経った。そろそろ俺に話せることも増えてる頃合いだろ?)
正輝には別の思惑もあった。
次回『島と世界(2)』 「子どもたちが耳打ちしに来てくれるからのう」




