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少女装鎧ジノグラフ  作者: 八波草三郎
鴻ノ木正輝

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風変わりな異世界(2)

 少女は、年の頃なら十二、三歳というところだろうか。身長は低めだが、身体つきがしっかりしてきているというか、安定した感じに見受けられたのでそう感じた。


(っていうか、これじゃさ)

 光景がまともではないと正輝は思う。


 前述のとおり、彼女は流れる川の上で浮いている。川そのものはそれほど幅広いものではなく水嵩も多くはない。小さな身体を押し上げるような風が吹いているでもない。


(なにかをしているのかな)


 少女の周りを縄跳びの要領でロープが回っている。ただし、両側に人はいない。片方は流れの中に打たれた杭に結びつけられ、もう片方は木製の円盤に結わえられて回転させていた。


(近づいても大丈夫そう?)


 驚かせないよう、ゆっくりと木立から出ると少女が視線を向けてくる。少しだけ目を見開いたが、すぐに戻って笑顔になった。彼は安心して近づいていく。


「ああ、洗濯してるのか」


 木製円盤から張られたベルトが木桶に繋がっており、その中で大量の水がぐるぐると回っている。浮き沈みする衣類も見て取れた。

 指を立ててくるくると回して見せると彼女も頷いてくる。返事がなかったので言葉は通じてないとわかったのだがジェスチャーは通じた様子。警戒もされていない。


「大人の人はいないのかな?」


 自分の頭の上に置いた手を上下させてみせる。もっと大きな人はいないのかという意味だったのだが、今度はうまく通じなかった。少女は首を傾げている。


(困ったな)

 言葉が通じないのは致命的だ。


 なにしろ、明らかに外国人、いや、異世界人である。少女のお尻あたりまである長い髪は水色をしている。染めてないかぎり、こんな髪色の人種を正輝は知らない。


「どうしたもんかな?」


 彼が頭を抱えているとロープの回転が止まる。少女は横滑りしながら石がごろごろしている河原まで飛んできた。彼の横までくると木桶の中を覗いている。気づいた正輝は、俺に任せろとばかりに自分を指差す。


「力仕事ならこっちのもんだ」

 体力には自信がある。


 水の中から洗濯の終わったらしい衣類を取り出すと両手でしっかりと絞る。周囲に脱水用の機具は見当たらないので手動のはずだ。大量に滴る水を示して「どうだ?」と尋ねると彼女は朗らかに笑った。

 腕を掴んで別の場所に張られたロープのところに連れていかれる。もう一度しっかりと絞ってから、パンパンと伸ばしてロープに掛ける。それは、ほとんど一枚布のような貫頭衣だった。


(もしかして、このレベルの文明なのか? だとしたら、ちょっと苦労しそうだ)


 少女が今着ているのも同じもので、頭を通して下に垂らし腰紐で止めている仕組み。当然ノースリーブになり、それとは他に浅葱色のマントを首で結わえて肩を覆っていた。


(シンプルで脱ぎ着はしやすそうだけどさ)


 正輝はランニングの途中だったので、ボトムはグレーのゆったりしたランニングパンツである。トップスは黒のタンクトップにやはりグレーのウインドブレーカーを引っ掛けている。少女は指で引っ張り、不思議そうにしげしげと見つめていた。


「おっと、こいつはマズかった?」


 見るからに下履きらしきものが出てきてしまった。要するに下着だろう。視線を逸らして彼女を窺うと、絞ってとジェスチャーしてくる。頷くと、しっかり絞ってロープに掛けた。


(一番気にする年頃だろうにな)

 心配は尽きないが、さらに追加される。


「やっぱ、言葉がわかんないとどうにもならない」


 つい翻訳できないかとスマートフォンを取り出すも、圏外では翻訳アプリも仕事をしてくれない。アイコンを映し出すだけの板切れと化してしまった。

 少女が興味深げに覗き込んでくるが、開けるのは設定画面くらいのものでその先さえままならない。あきらめて画面を消しポケットに。仕方ないので口の前で手を開いたり閉じたりして言葉が通じないことを伝える。


「…………」

 少女がなにかを言ってくるが理解できない。

「ん? こう?」


 彼女のかざされた手は指が開いている。正輝も同じように開いて手を近づけた。すると彼女は指を絡ませるように繋いでくる。


(距離近いな)

 物理的ではなく精神的な距離がである。


「…………」

 また、なにかを言いながら小首を傾げている。

「えーっと、いいよ。OKだ」

「…………」


 頭がくらりとした。手を繋ぐどころの距離感ではない。ダイレクトに少女の意識が彼のそれに重なってくるような感覚だった。

 なにかが流れ込んでくる。驚いたのは驚いたが不快ではない。むしろ、新鮮な感じがした。不謹慎ながら、目の前の彼女と抱き合っているほどの親密感である。


「大丈夫?」

 少女の唇が動き、今度は聞き取れた。

「ちょっと、驚き、平気」

「続けても?」


 彼の口から出たのは単語区切りではあるが、彼の知っている日本語ではない。彼女の理解できる言葉だろうし、少女の言うことも理解できた。


「ああ」

「頑張って」


 再び意識が重なり合う。さらに多くのことが流れ込んでくる。つまり、これは言語情報なのだ。要望に応えようとしてくれている。


「エメルキア」

 一度手を放すと、自分を指さしつつ言ってくる。

「名前……。コウノギマサキ。わかる、エメルキア?」

「コーナグマスキ」

「マサキ、いい」

「マサキ」


 正輝は異世界らしき場所でようやくまともなコミュニケーションを達成した。

次回『風変わりな異世界(3)』 「ロナタルテ、離れない」

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