島の探検(1)
正輝は河原に下ろしたバイクを川下に向ける。完成品の試乗を兼ねて今日は遠出をしてみる計画だった。
「海に行きますか?」
「とりあえず。バイクで森の中を普通に走るのは難しいからさ。試乗に向かない」
まともに走れるのは、いつもの採集コースくらい。
浮いて乗ろうとしているエメルキアの腰を後ろから抱えて定位置に跨らせる。少女はにっこりと微笑んで嬉しそうに待っていた。
「それじゃ駄目だ」
言うと、不思議そうに小首を傾げる。
「前から風が来るから全部めくれる」
「そうなのです?」
「お尻にまくれ」
前垂れを後ろにたくし込むジェスチャーをする。もう一度持ち上げてやると自分から教わったとおりにして座った。太ももが全開状態だが、風で下着を露わにするよりマシだろう。
「出発だ」
後ろに跨ると少女は背を預けてくる。
「一緒に飛ぶー」
「無理。ロナはこっち」
「ここもいいー」
シャツの胸元に入らせた。
エメルキアに合図するとシートの下でプロペラが「フィーン」と唸りはじめる。エンジン音がしないのは感覚が狂うが慣れなくてはならない。
車体を立ててサイドスタンドを蹴って畳む。イメージしたクラッチ板をゆっくりとプロペラ側に近づけた。徐々に回転力が伝わりはじめ、タイヤが石を噛む感じがする。
「走るからな」
「「はーい」」
いい返事があるが、これからどうなるか想像もしてないだろう。
凸凹の川砂利を蹴って進みはじめる。ある程度はサスペンションが吸収してくれるものの振動はシートにも伝わってくる。シートには糸の木の綿を圧縮して詰めてあるが小刻みな揺れまで消えはしない。
「結構揺れます」
「あああああー」
「ロナ、舌噛むぞ。ごろごろ石の河原を抜けるまではこんな感じ」
それほどスピードは出せない。体感的には30km/h台というところ。ちょっと尻を浮かせて身体を安定させつつ進む。エメルキアも真似をしてきた。
「膝で吸収しないとなんですね。ここにステップを作った意味がわかりました」
「それに、足を置くとこないとつらいからさ」
三十分ほど走ると河原は石も少なくなって下生えが多くなった。砂と土の堆積が主になってくる。かなり走りやすくなった。
「スピード出すから掴まって」
「はい」
「出せー」
ロナタルテはちょっと退屈していたらしい。
普通と違って前にあるタンデムシートには持ち手を付けてあった。バイクならガソリンタンクのある場所。空きスペースになったので小物入れにしてある。そのカバーにグリップを付けて同乗者が身体を支えられるようにしてある。
「速いー」
「これだと追いつけないだろ?」
十分追いつけると不平を言っていた小妖精も、体感で50km/hを超えるようになると青い髪をなびかせて楽しんでいる。少女の長い髪も正輝の胴に絡みつくようになびいていた。
「爽快なものですね」
「見晴らしが良くなるともっとな」
「ほんとー?」
行く先が開けてきた。青い海原が正面だけ見える。そして、河口に差し掛かると一気に視界が開けた。足元が砂浜になり、一面の青い水平線を拝む。
「わー!」
「素敵!」
後輪のブレーキだけ掛けて軽く車体を寝かせる。ハンドルを切りつつテールが流れるに任せた。180°ターンしてその場に停車する。
「わーおー!」
「きゃ!」
「ここまで。砂浜は転びやすいから今日はやめとこう」
無垢な真っ白い砂浜にタイヤ痕を刻むのを躊躇われたのもある。そこは自分の足で歩いたほうが心地よい気がした。
「遊ぼう」
「遊ぶー」
「休憩にしますね」
バイクを停めて少女を降ろしてやる。ロナタルテはとっくに胸元から飛びだして波打ち際のほうまで行っていた。エメルキアが手を繋いできたのでそのまま引っ張って同じく波打ち際へ。
「綺麗だな。なにもない」
「海だけです」
感動の面持ちで眺めている。
「来たことないか。そりゃ、歩いたら一日仕事だもんな」
「それを、たった一時間で着いてしまうのですからバイクとはすごいものですね」
「便利だろ? 苦労した甲斐は十分ある」
海風に水色の髪をなびかせる少女は幻想的のひと言であった。まるで一服の絵画のような美しさである。その微笑みを自分が与えられたのであれば思いもひとしおだった。
「なんですか?」
「いや……、うん、綺麗だなと思って」
「ほんと、海、綺麗です」
「ルキが、だって」
目を丸くして見あげてくると、にわかに頬を染め俯く。見えないように胸元に顔をうずめてきた。
(変なとこで初心な反応されると戸惑うな)
後ろ頭を掻く。
「今日はここで一日過ごそう」
「はい」
「はーやーくー」
ロナタルテが誘ってくる。
正輝はエメルキアを抱えあげて波打ち際まで走った。
◇ ◇ ◇
エメルキアは迷いの真っ只中にある。自分の持てる感情が制御できない。マサキに対して抱いているのは明らかに好意以上の感情だった。
(妖精種のわたしが人間にそんな感情を抱くわけがない。抱いてはいけない)
それが彼女の常識である。
(だって、マサキは人間なのよ? 人間とエルフィンの関係性はそんなものではないのに)
自身と、異世界からやってきた彼の常識は全く異なると頭では理解できる。しかし、人間と妖精種の間にあるものは紛うことなき乖離である。彼もいずれは知ることになるのだろうか。それが怖ろしくてならない。
エメルキアの心は歓喜と怯懦の狭間で揺れ動いていた。
次回『島の探検(2)』 「獲ったどー……、へ?」




