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少女装鎧ジノグラフ  作者: 八波草三郎
鴻ノ木正輝

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2/17

風変わりな異世界(1)

 鴻ノ木正輝はその日の朝六時から走っていた。アクション俳優なのでトレーニングは欠かせない。まだ、二十六歳と若いながらも後進はいくらでも出てきて彼を追い抜いていく。最近はイケメン俳優の登竜門とまで言われるジャンル。


(今日は霧が濃いな。こんなこと初めてだ)


 彼がよく走っているのは赤坂御所の周回コース。新宿御苑より人が少なめで走りやすいからである。もっとも、早朝なのでほとんど人はいない。場所柄、治安もよく厄介事に巻き込まれる心配もない。


(木立? ヤバ。俺、中に迷い込んだのか?)

 道を間違った記憶はないが、周囲が木々に変わったのは間違いない。


 もちろん、立ち入りは許されてない。見つかれば、交番から警官が飛んでくる。不法侵入となると不祥事で干されてしまいかねない。

 焦って出ようとするが、霧はより濃くなり木立は森と呼べるほどになる。道もなくなってしまった。苔むした古い樹幹に手をついて戸惑う。


(赤坂御所ってこんな場所か? 入ったことないけどさ)

 一般人に縁のあるような場所ではないにしても少々変だ。


 森は深く、霧の所為もあってあまり見通せない。もう方向を見失い、どっちに行けば外に出られるかもわからなくなってしまった。


(マップさん、よろしく)

 スマートフォンのロックを解除してアイコンをタップ。

(圏外だって? そんな馬鹿な)


 都会もいいところという場所ではあり得ない。正輝はいよいよおかしいと感じはじめていた。


(なんか変だ。なにがだ?)

 違和感が著しい。

(いない。なにも飛んでない。いくら都会でも森の中でそれはない)


 虫がいなかった。足元はふかふかの腐葉土。それなのに這っている存在さえ見当たらない。絶対にあり得ない状態だった。


(ん? いた、が?)


 ナメクジよりはヒルに近い形をしている。赤黒い身体で落ち葉の上を意外と速く這っていった。

 そっち系が多いのかと足元の落ち葉を蹴散らす。すると、意外と数多くのヒルっぽいのがひそんでいた。


(いや、待て)


 しかも、そのヒルは空を飛ぶ。身体の横に付いたヒレのような被膜を波打たせ、ふわふわと飛びはじめた。


(違う違う。あんなので空飛べるわけないだろ)


 10cm足らずとはいえ、身体の横のヒレ程度で宙に浮けたりはしない。ましてや、自由に飛びまわったりはできない。

 呆然と眺めていると、目の前を素早い影が通り過ぎた。驚いて目を凝らす。すると、通り過ぎた影が木の幹にとまる。口には飛ぶヒルを咥えて。


(トカゲ。しかも、こいつも飛ぶときたもんだ)


 足の間に皮膜がある。それだけなら地球のどこかにはそんな種類のトカゲがいるような気がした。ただし、地球のトカゲなら自由に飛びまわったりしないはず。

 彼が足で飛び立たせた飛びヒルを片っ端から食べていく。それも、木々の間を縦横無尽に飛びまわりながら。決して、木から木へと滑空しているのではない。


(重力を無視しないでくれ)

 懇願したくなる。このあたりから、まさかと思いはじめた。


 飛びトカゲが木の幹に張り付き、「ちー」と鳴く。遠く近くに「ちーちー」とか「じーじー」とか聞こえてきたのは鳥の声ではなく、このトカゲたちの鳴き声だったらしい。


「ヤッバい。いよいよって感じになってきた」

 思わず声に出た。


 幸い、ヒルっぽい生物は正輝を襲おうとはしない。かといって、避けもしない。まるで人間ってものに全然慣れていないかのように見える。


「勘弁してくれ。もしそうだってなら、俺は絶対に生きていけないぜ」

 人がいない世界だったなら。


 焦燥に駆られて樹間を歩いていく。歩を進めるたびに足元からヒルが飛び立ち、飛びトカゲに啄まれる。トカゲたちは彼のあとをついてきているようだ。


「最悪、お前たちを食うことになるぜ?」

 警告がてら口にするが、実際は遠慮したいところ。


 木立の先から違う生き物が現れた。一瞬喜んでしまった正輝だったが、それが決定打となってしまう。


「これは確定だ。なんてこった」


 それは背中から光る羽根を生やしている。形的にはチョウチョのそれに近いだろうか。ふわふわとはためかせて空を飛ぶ。ただし、その羽根を持っているのは身長が20cmほどの少女だった。


「や、やあ」

 一応声を掛けてみる。


 一度木の裏に隠れた少女はおずおずとこちらを覗いてきた。羽根が生えている以外は、顔や身体の造形は完全に人間のもので黄緑の瞳で見つめてくる。


「ここの人かな? 話せる?」

 日本語が通用するとは思えない。


 すると、妖精っぽい少女はゆっくりと飛んできて顔の前に。藁をも掴む心情の正輝はあるがままにする。少女はぴたぴたと彼の顔に触ると嬉しそうに微笑んだ。


(これは希望が見えてきたぞ)

 とりあえず生き残る術を誰かに求めていた。


「えーっと、君の仲間とか、他に俺みたいな人間とかいないかな? わかる?」

 囁くように尋ねる。


 フィギアサイズの少女は彼の前髪を引っ張りはじめた。どこかに連れていってくれるらしい。されるがままにして歩くこと数分、水音が耳に届いてきた。


(川がある。とりあえず、水確保……)

 木立を抜けた。

(頼むから物理法則を完全に無視するのはやめてくれ)


 十二、三歳ほどの少女が川の上で宙に浮いていた。

次回『風変わりな異世界(2)』 「おっと、こいつはマズかった?」

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